【古典ギリシャ語を学習するとどんないいことがあるか】マニア向け? 死語? いえいえ・・・
古典ギリシア語という言語があります。正直マニア向け言語です。しかし、この言語を学ぶ面白さやメリットは実はたくさんあります。αβγなどのくねくねした文字が何ともかわいらしいギリシア語。それは、西洋文明の起源に深く関わる重要な学術言語であり、実際に紀元前のエーゲ海沿岸に生きた人々が使っていた「ことば」です。今回は、そんな古典ギリシア語を学習するメリットを考えました。
なんて書き出しですが、メリットがあるからやる語学なんて面白くないもんです。面白いからやる、それで十分です。この記事を読んで、面白そうと思ってもらえたら筆者としては存外の喜びです。
※この記事は、『(旧)やるせな語学』(2019年2月)に投稿されたものを、加筆修正したものです。
英語の語源が分かる
古典ギリシア語というのは、文字通り、古いギリシャの言葉です。現在、ギリシャで話されているのは、現代ギリシャ語です。一方、古典ギリシア語は、いまから2000~2800年ほど前に使われていた言語です。
文字は現代ギリシャ語と同じでギリシャ文字を使います。数学や物理の式でつかったαβγωなどの文字です。
古典ギリシア語を学習する最大のメリットは、なんといっても英語を始め、現代語の語源がわかるという点です。
英単語の2割程度はギリシャ起源の単語だと言われています。学校で習うような英単語のうち、どのような単語がギリシャ由来のものでしょう?
今回、それを例示するために、2019年センター試験第6問と2018年第3回英検準1級の最後の長文から、ギリシャ起源の単語をピックアップしました。
今回ピックアップしたのは、語源辞典にあたって調べたというわけではなく、私が「これはギリシャ語からきてるな」と判断できた単語です。ギリシア語を学んだ一般人なら、この英単語はギリシャ由来だと判断できますよ、という参考にしてみてください。
2019年センター試験第6問 | economy, automobile, geography, critical, idea, air, type, technology |
2018年第3回英検準1級3-3 | methodology, diagram, categorize, idea, system, theory, school, identify, method, math, geometry |
語源の専門家がピックアップしたらもっと多くの単語を挙げられるのかも知れません。一方で、普通の学習者である私でも、これぐらいの単語はギリシャ語から来てるなと判断できます。
中には、すべてギリシャ起源というわけではなく、一部がギリシャ語の単語をつかっただけの語もあります。(automobileは、最初のautoがギリシャ語の単語です。mobileはフランス語から。)
英検の例が顕著ですが、ギリシア起源の単語は、どちらかというと学術用語のような香りのする語に多いです。難しい単語や専門用語にはギリシャ起源の単語がよく使われます。
ということは、ギリシア語が分かれば、英語の難単語の意味が推測できたり、すぐに覚えることが出来たりするわけです。
次の単語の意味が分かるでしょうか。
- monolith
- cacophony
- photosynthesis
英単語としては難しいですが、実はこれらはとても基本的なギリシア語から来ています。
隠れているギリシア語の単語は次の通りです。今回はわかりやすくするためにギリシア文字をラテン文字に転写しています。
monos(ひとつの)
lithos(石)
cacos(悪い)
phone(音)
photo(光)
syn(共に)
thesis(置く)
これらの単語を知っていたら、初めて見た英単語でも意味が推測できます。できなくても、意味を知ったらすぐに納得できます。
monolith
mono(ひとつの) + lith(石)→「一枚岩」
cacophony
caco(悪い) +phony(音)→「騒音」
photosynthesis
photo(光) +syn(共に) +thesis(置く)→「光合成」
最後のsynthesisはそれだけで(合成)という意味です。音を合成する機械のことをシンセサイザーなんて言いますね。
同じヨーロッパの古典語であるラテン語に比べたら現代語に伝わった単語は少ないですが、それでも一定数はあるわけです。それだけで単語の見方は全然違ってくるものですよ。
語源に関しては、クリストファー・ベルトン先生の語源本が本格的にギリシャ・ラテン起源の語彙を体系的に扱っています。
ギリシア文学が読める
ギリシャといえば、世界史の教科書では西洋史の一番最初に出てくる一大文化圏です。
ギリシア文化は、哲学・文学・演劇など様々な分野で華開きました。古典ギリシア語で書物を残した人物にはどのような人がいるでしょうか。
叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』を残したホメロスが真っ先に思い浮かびます。
アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデースの3大悲劇詩人も有名です。これらの作品は長い歴史で多くの文学作品や映画に影響を与えています。
『オデュッセイア』を例にとりましょう。この作品をベースにした他の作品では、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』がやはり最も有名です。文学だけでなく、2000年公開のアメリカ映画『オー・ブラザー!』も『オデュッセイア』のオマージュ作品となっています。
そもそも、長大な冒険譚である『オデュッセイア』ですが、英単語でodyssey(大冒険)という普通名詞にもなっていますね。車の名前でも「オデッセイ」というのがありました。
こういった話の「もと」になった作品はすべて古典ギリシャ語で書かれています。それらが原文で味わえたらどんな世界でしょうね。
哲学に興味があるならプラトン、アリストテレスなどの哲学者の言語ももちろんギリシア語です。
英語以外の言語にも
ギリシア語はヨーロッパの一大古典語です。英語の歴史はせいぜい1300年ぐらいですが、古典ギリシア語は2500年前に黄金期を迎えた言語です。
それゆえ、英語だけでなく多くのヨーロッパの言語に影響を与えています。
現代のヨーロッパの言語には、英語と同じように(もしくはそれ以上)ギリシャ由来の単語がたくさん含まれています。
古典ギリシア語の文法は、格変化や動詞の活用、時制などが現代英語よりもずっと複雑です。そういった文法が分かると、「ヨーロッパの言語って、こんなだよね」というのが、英語だけを学習するよりもはるかにはっきりと見えてきます。
もちろん、ギリシャに旅行したいとか、現代ギリシャ語を勉強したいときにも古典ギリシア語は役立ちますよ。(最初から現代語をやれという話はもっともですが・・・。)
私は現代ギリシャ語の『エクスプレス』を一通り学習した程度の知識しかありませんが、古典語が分かれば現代ギリシア語はかなり楽に理解できるという印象をもちました。
発音や語順は変わっていますが、単語の見た目は結構古典語から変わっていません。ひょっとしたら、2500年ほどの時を経ているのに、日本の古文と現代文よりもよっぽど見た目は近いです。(同じことがラテン語と現代イタリア語にもいえます。)
まとめ 一目置かれる
古典ギリシア語は、学術的な文脈で使われることが多いので、海外に行ってもし「古典ギリシア語が分かる」なんて言うと、まあ「ただ者ではない」と思ってもらえること請け合いです。
私もギリシャ人に古典ギリシア語の単語で話しかけたら、目を丸くされました。(なんだこいつは、と思ったことでしょう。ちなみにギリシャでも別に古典ギリシア語は習わないとのこと。)
まあそんなのは動機にならないかもしれませんが、やっていておもしろい言語であることは間違いありません。
ギリシア語についてもっと知りたいなら、白水社の「しくみ」シリーズが一番です。
現在話している人はいませんが、それでも多くの学習者を惹きつける言語であることに変わりはありません。この言語は、語彙や文法だけでなく、「言語というもの」について新たに目を開かせてくれるのだと思います。
『ハリーポッターと賢者の石』にはこの通り古典ギリシア語版があったりします。(誰が読むんや。)
いやいや、魅力的な言語であるのです。
だからこんな本がでてくるのではないかと私は思います。