語源的綴り字「被害者の会」~不完全さを愛して~

前回の記事では、doubt という英単語の <b> という黙字について、その由来を考えました。要はラテン語にあった文字を古典回帰の流れで付け加えたという話でした。
発音に忠実な表記よりも、語源に忠実な表記を優先したのが「語源的綴り字」の本質といえるでしょう。例えば very という単語は、中英語では verray なんて「はっちゃけた」綴りも見られましたが、元のラテン語 verum「真実」に倣って今日の綴りになったわけです。そもそも、こんな基本語が借用語であるというのが英語のオモシロいところなのを忘れてはいけません。
語源的綴り字運動はどんどん拡大していき、本来フランス語やラテン語と全く関係ない単語にもラテン語風の文字が付け加えられてしまいます。この例で最もよく語られるのが island という単語です。いわば、行きすぎた語源的綴り字運動の被害者の代表というわけです。
island は古英語由来の英語本来語です。古英語では yland, ēaland などの綴りで表記されました。<s>の文字がどこにもありません。最初の y や ea の部分は「水」「川」を意味する単語で、ラテン語の acqua, フランス語の eau などと同じ印欧語幹に由来します。-land は現代と同じく「土地」です。いわば、「水の土地」ということで「島」というわけです。
この単語はラテン語由来でもなんでもないため、本来は「語源的綴り字」など適用する対象ではありません。しかし、「島」を意味する英単語として、フランス語から ile を借りてきたのが問題(?)でした。ile と yland は、最初の部分が誰がどう見ても似ています。その結果、「島」は ile + land という風に(誤って)再分析されたわけです。足し方や切り方を間違えてしまったわけですね。
さらにフランス語の語源的綴り字運動により、ile は isle と綴られるようになります。ラテン語の「島」を表す insula になぞらえたものです。英語もこれをまねしてしまいます。結局、英語では、 isle という単語は借用語として生き残りつつ、さらにはラテン語とは関係ない本来語の「島」まで、<s>をわざわざ付けてしまいました。 そういうわけで、island という単語ができたわけです。確かにラテン語の insula の香りを残す peninsula(半島)、insulation(絶縁)や、少し綴りが変化した isolated(孤立した)には、もれなく<s>がついています。意味や形が似ている island も被害を受けたのは仕方のないことかもしれません。
英語の island に<s>をもたらした陰の手引き人であるフランス語 isle は、その後<s>を落とし、現代フランス語は île という綴りで「島」を意味するようになりました。
- 「タケコプター」は「タケプター」?
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単語が使われる中で、語源的なパーツの意味を無視して単語を切ったりくっつけたりすることは、実はよくあることです。
ドラえもんの秘密道具に「タケコプター」というのがあります。「竹」と「ヘリコプター」の混種語(hybrid)だと思われます。「タケ」の部分はそのままだからいいとして、問題は「コプター」です。日本語の「ヘリコプター」は英語 helicopter からの借用語ですが、この単語は究極的にはギリシャ語由来です。この単語の形態的切れ目は、実は「ヘリコ・プター」です。helico は「回転」ぐらいの意味で、pter は「翼」といった意味を持ちます。翼がある恐竜「プテラノドン」(pteranodon)なんかに見られます。そうすると、「タケコプター」は本来のギリシャ語の形態素に合わせるなら「タケプター」の方がしっくりくるわけです。「ヘリ」と略すよりも「ヘリコ」の方が形態に忠実なわけですね。
なんて言っておりますが、もちろん、秘密道具としては語源よりも語感の方が重要であって、ここで述べているようなことを振りかざして語源パンチを手当たり次第食らわせるのは野暮なことであります。ご注意ください。もう定着しているので、ヘリはヘリでいいのです。
語源的綴り字を過剰に適用してしまい、関係ない単語も被害を受ける例はまだあります。有名な例の一つが author という単語です。この単語のフランス語、ドイツ語の綴りを英語と比べてみましょう。
英語 | フランス語 | ドイツ語 |
author | auteur | Autor |
こうしてみると、英語のみに <th> という綴り字が現れています。この単語はラテン語の auctor, auctorem「大きくする人」という語に由来します。auction「オークション」(値段を大きくする)と同じ語幹に由来します。「著者」という意味では次第に<c>の文字を落とし、フランス語では auteur となっています。英語はフランス語からこの単語を取り入れました。中英語では autor などの <th> のでない綴りが一般的でした。
ここから(誤った)語源的綴り字を適用していきます。
この語は、ある別の単語と関連していると(誤って)結びつけられました。そんな「とばっちり被害」を受けて autor → author と <th> の綴りを獲得したのです。authority なども同じ被害者です。
では、その「犯人」はどの単語かわかるでしょうか。
犯人は authentic「真正の」 という単語ではないかと考えられています。この語は究極的にはギリシャ語由来で、auth- の部分は auto「自動の」などと同語源です。ギリシャ語では t の文字が後続する母音の影響を受けて <th> になることがありました。(ラテン文字の<th>は、ギリシャ文字では<θ>という一文字で表されます。)
英語 | フランス語 | ドイツ語 |
author | auteur | Autor |
authentic | authentique | authentisch |
そして、author も authority も、ギリシャ由来の authentic とは語源的に関係ないにもかかわらず、なんとなく関係してそうという理由で <th> を含む綴りに固定されたのです。フランス語でも <th> で綴る傾向が一時期ありましたが、結局フランス語は「真の意味での語源的綴り」である auteur に落ち着き、英語のみがこの「うその」語源的綴りを保ちました。
そもそも、ラテン語が auctor なので、真に語源的綴りを適用するなら、author もauctor と綴ることにしていたら、doubt などと同様、語源的綴り陣営の代表選手として登録されたかもしれません。aucthor などのハイブリッドもありましたが、結局は「うその」語源的綴り字が確立した例です。
- 「ニックネーム」と「著者」の関係
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英語の author は「著者」という意味で、ラテン語の auctor「育てる人」と関連していると述べました。この語は、究極的には印欧語幹の *aug-「増加する」に由来します。この語幹から派生した語には、英検1級レベルの難単語がいくつか含まれるので紹介しておきます。
ラテン語由来
augment 増大する
inaugurate 就任する
auxiliary 補助のゲルマン語由来
wax 増加する、月が満ちる
eke 不足分を補う英語の動詞の wax(「蝋」の意味の名詞は別語源)はドイツ語 wachsen「育つ」と同語源で、よく wax and wane「月の満ち欠け」のフレーズで使います。eke は、もっぱら eke out で「生計をなんとか立てる」という意味です。いずれも難関大入試で出題されたのを見たことがあります。
日本語にもなっている、nickname の -ick- の部分も、ドイツ語の auch「~もまた」と同様、これと同族語です。an-ick-name といったフレーズが元で、an は不定冠詞です。それが形態の切れ目を間違えて分析してしまい、a nickname のようになっています。こうした、「切り方をまちがえる」ようなことを、異分析(meta-analysis)と言います。apron「エプロン」は、本来は a napron なのですが、異分析で an apron となってできました。
ここまでは、フランス語由来の単語に、ラテン語やギリシャ語の文字を誤って付け足してしまった例を紹介しました。ここからは、フランス語由来の単語に、ゲルマン語(i.e. 英語本来語)の文字を付け足してしまった例です。
英語本来語では、night, light のように、「書くけど読まない<gh>」の綴りが頻繁に見られます。この<gh>は古くは<h>と綴られることが多く、実は発音もされていました。
現代英語 | night ナイト | light ライト |
古英語 | niht ニヒト | liht リヒト |
ドイツ語 | Nacht ナハト | Licht リヒト |
現代語の<gh>は古英語では<h>と綴られ、発音もされていた。現代ドイツ語は<ch>の綴りで古英語と同じ音で発音する。
さて、フランス語由来の delight という単語は、かつては delit, delite のような綴りでした。フランス語由来のため、書くけど読まない<gh>とは無縁だったわけです。しかし、もう明らかなとおり、後半の lite の部分は本来語の light と似ております。そういうわけで、フランス語の単語を英語本来語に同化させるような「うそ」語源的綴り字が起きてしまいました。
もちろん、綴りに発音を合わせようという「綴り字改革」を主張するなら、night や light の方を、nite, lite (あるいは、nait, lait) と綴り直す方が明らかに理にかなっているわけですが、英語は何というか、効率よりも単語の「風情」のようなものを優先する綴りが採用されることが多かったわけです。たとえそれが、見かけ倒しの作り物であったとしても。
他の例では、altus「高い」(>altitude 高度)に由来する haughty という単語があります。この単語には、英語に同化する過程で、<h>, <gh>, <y> という、すべてゲルマン語の香りがする文字がどんどん付け加えられていきました。
despite という単語は、一時期 despight なんて綴られることもありましたが、こちらはどういうわけか、本来の despite の方が再び返り咲きました。
あれこれと話すとどんどんややこしくなってきます。一つだけ確かなのは、<gh>の話をし出すと、めちゃくちゃな綴り字の世界に続いていくということです。ghost の <gh> はオランダ語の… いや、このへんでやめておきましょう。
ここでで挙げたように、本来関係ないものを、勘違いして関連付けてしまうことを専門用語では「類推」(analogy)と言います。
綴りが近代にかけて確立していく中で、英語は様々な場所で、様々な人が、様々な理由で文字を付け加えたり削ったり、発音したりしなかったりしてきました。この背景には、「なんとなくかっこいいから」といった「なんとなく」の要素も多分にあると思われます。大衆の言葉を形作るのは大衆であり、結局はあらゆる場面で、個人が都合のいいように自分の言葉使いをして生活しているものです。
学者や教育機関がそれを正そうとしても、彼らがが書くものだって「思い違い」によって生まれたものであることも多分にあります。だから私は語源的綴り字を含む英単語にささやかな愛着を感じます。でたらめに思える英語の綴りを観察していると、言語とはそもそも不完全なものであり、それを使う人間も不完全な存在であるということを実感するからです。
なんとなく威厳があって格好いいからという理由で文字を加え、それがいつの間にか定着したり、別の単語には定着しなかったりして、現代英語の綴りができていきました。不規則な綴りに出会ったときは、その背景にある、どうしようもない人の性に思いを馳せると、意外にも単語に愛着が湧いてくるものです。
- 堀田隆一 2016『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』研究社
- 島岡茂 1993『フランス語の歴史』第4版, 大学書林
- サイモン・ホロビン[著] 堀田隆一[訳] 2017『スペリングの英語史』早川書房
- Crystal, David 2013, Spell it out – The Singular Story of English Spelling, profilebooks