【ラテン語を学習するメリット】英語とラテン語の深~い関係から見えるもの
※この記事は、『(旧)やるせな語学』に2019年に投稿された記事を、加筆修正したものです。
ラテン語という名前を聞いたことはあるでしょうか。ローマ帝国という遙か昔に栄えた大帝国の公用語であり、長らくヨーロッパの教会、学問の世界の共通言語として使われた言語です。
現代では、欧米であってもラテン語学習者の数は少ないです。まして日本の学習者はごくわずか。そんなラテン語学習にどんなメリットがあるのか、今回は考えます。
英語とラテン語
ラテン語を知っているという最大のメリットは、現代語の語彙学習がかなり楽になるという点だと思います。
言語によっても程度の差はありますが、英語はラテン語からかなり大きな影響を受けた言語です。英語学習において、ラテン語を知っていると、それは強力なアドバンテージになります。
厳密に言うと、英語はラテン語から派生したわけではありません。ラテン語の直接の子孫にあたるのは、イタリア語・フランス語・スペイン語などの「ロマンス語」と呼ばれる言語です。
英語はラテン語の直接の子孫ではないにもかかわらず、フランス語を経由して、ラテン語から多くの語彙を取り入れてしまいました。11世紀にフランスの王様がイングランドを征服してしまったことが原因です。(世界史で習う「ノルマン・コンクエスト」がそれ。)
世の書店に「語源本」があふれていたり、「自由」という意味の英語が “liberty” と “freedom” の2つがあったり、”medium” の複数形が “media” であったりするのは、すべてラテン語の影響のせいです。
ラテン語由来の英単語
どのぐらいあるか
英語にどれほどのラテン語・あるいはラテン語の子孫であるフランス語由来の語があるのか、ちょっと考えてみましょう。
それを調べるために、ある大学入試向け英単語集に収録されている英単語を使って考えます。以下は、その本の適当に開いた2ページに収録されていた英単語です。
declare demonstrate emphasize exaggerate insist persist plead proclaim remark suggest warn breathe digest
この中に、ラテン語、あるいはラテン語由来フランス語経由の英単語はいくつあるでしょう?
答えは、以下です。(赤文字がラテン語由来)
↓
↓
↓
declare demonstrate emphasize exaggerate insist persist plead proclaim remark suggest warn breathe digest
どうでしょう。これほどラテン語由来の単語は、英語の語彙にあふれています。
英語の語彙の特徴
英語の語彙の特徴を簡単に言うと、日常的によく使う言葉は(英語のそもそもの親である)ゲルマン語由来の言葉も多いです。
day take like food dark night
こういった基本的な日常語にはゲルマン語由来の単語が多い傾向にありますが、私たちが高校以降で習うようなちょっとだけ高尚な言葉には、断然ラテン語由来の割合が増えてきます。
そういうわけで、高校生用の英単語集の収録語の内、多くの単語はラテン語由来の単語が占めているわけです。
実際には、英単語の半分程度がラテン語・フランス語由来と言われています。これはまあ相当のものです。文を読んでいたらラテン語の名残を含んだ単語を目にしまくるわけです。
ちなみに、上の例で、ラテン語以外の由来をもつ単語は次の通り。
- emphasize ギリシャ語由来ラテン語経由
- remark ゲルマン語由来フランス語経由
- warn 古英語由来の英語本来語
- breathe 古英語の名詞に由来する英語本来語
ギリシャ語由来の英単語は学術的な用語に多く、英単語の2割ぐらいを占めると言われています。そう考えると、やはり勢力として、ラテン語系語彙の優位は圧倒的です。
ゲルマン語由来の単語には、1音節の素朴な見た目の単語が多いです。それに対して、ラテン語由来の単語はほとんどが2音節以上の「長めの」単語である傾向があります。(あくまで傾向です。)
英単語学習とラテン語
類推・時短・類語区別
ラテン語を知っていると、英単語の語彙学習は楽になります。これは事実です。
どれだけラテン語を知っているかにもよります。少なくとも私の印象では、ラテン語が分かるおかげでかなり語彙学習は楽になります。
ラテン語のおかげで意味が推測できるという単語も多いです。意味が分からなくても、訳を見てから覚えるまでの時間をはるかに短くすることができます。
例えば、次の英単語を見てみてください。
addendum(付録)
incarnation(肉体化)
benediction(祝福)
extermination(駆逐)
annihilation(根絶)
どれも『パス単英検1級』に収録されている難しい単語です。基本的なラテン語単語が分かる人なら、これらの単語を見ると何となく意味が分かるか、分からなくても意味を見てから覚えるまでの時間は短いです。
最後のextermination, annihilationは意味も似ていますね。前者はterminare(終わらせる)というラテン語が入っています。すっかり「終わらせる」というニュアンスが感じられます。(この語を知らなくてもterminal(最後の)といった英単語を思い浮かべれば「終わり」の感じはイメージできます。)
一方でannihilationはnihil(無・虚無)が含まれています。こちらの方は、何かを徹底的に破壊して「無に帰せしめる」という感じが漂っています。こちらも虚無主義のことをnihilism(ニヒリズム)なんて言うので何となくイメージできるのではないでしょうか。
古典語が分かると、このように類語のニュアンスを何となく区別できるようになったりもします。
私の学習履歴
私は学生時代にラテン語を3年ほど学習しました。読んだラテン語は100ページ分ぐらいはあったと思います。単語も2000以上は覚えました。
今ではかなり忘れていますが、それでも英単語を見たら「このラテン語から来てるな」とけっこう分かります。そのため、ラテン語学習をやめて5年ほどたってから、英検1級用の単語集を覚え初めても、語彙学習はかなり楽でした。
『パス単英検1級』の単語も1日に100単語毎日覚えました。それほど苦しむことなく難単語を短期間で詰め込めたのは、やはり古典語やフランス語を知っていたのが大きいと思います。
ラテン語は現代語との関わりが深いので、学習をやめても、結構英語やフランス語などの言語を学習していると思い出されることは多いです。
ラテン語を通して英単語を見る
ラテン語が分かる人間は、どのように英単語を見ることになるのか。
まず、英単語の語源本で解説されているような「接頭辞」と呼ばれるものは、基本的にはラテン語の前置詞と同じ形です。
de, ex, pro, in, per, cum (=com), sub, super
これらはすべて、元々はラテン語では前置詞として普通に使われている語です。
最初に例示した単語に、declareという英単語がありました。
中級者以上なら誰もが知っている単語ですが、語源を知るとその単語がもつ「表情」がまた一層はっきりと見えてきます。
この語は、次のような部分から成ります。
declare(宣言する・正式に発表する)
de(強意)+ clare(はっきりさせる)
deはここでは、「強意」を表します。clareは形容詞clarus(はっきりした)から来ていますが、「はっきりさせる」という意味です。clarify < clearという英単語に対応すると考えて構いません。それを踏まえてdeclareという単語を見ると、「曇りなき意見をはっきりと述べる」という単語の「表情」のようなものがよりクリアに見えてきます。
これが腑に落ちるということはやはりラテン語学習者の特権だと思います。
まとめ 古代からの風を感じて
ラテン語のありがたみばかり今回は語りました。
しかし実際は、英単語を見て意味が推測できるまでラテン語が分かるには相当の学習量が必要です。このことも忘れてはいけません。
また一方で、ラテン語のメリットは何も英単語学習が楽になるというだけではありません。
ヨーロッパの他の言語で起きる文法現象も、ラテン語を知っていたら理解が早くなるはずです。格変化や動詞の活用など、ラテン語文法にはヨーロッパの言語のエッセンスが詰まっています。何も語彙面だけが有利にはたらくわけではありません。
また、ラテン語が読める、書けるというのは、一流の知識人としてのステータスみたいなものです。
私が大学のラテン語の先生から聞いた話です。
昔、(といっても何十年か前、)罪を犯して投獄された人物が、ラテン語で無実を訴える文書を書いたそうです。その文章があまりに素晴らしく、「このような素晴らしいラテン語を書く人物に死刑を宣告することはできない」と裁判官が言ったとか。
まあ本当か分かりませんが、ラテン語が出来ることの価値を語る話ではあります。まあでも、ラテン語の奥深い世界を旅する権利は誰にでもあります。
いつだって一歩踏み出してみたら新たな世界が広がるものです。ラテン語がどんな言語か、もっと知りたい方は、おすすめの書籍を以下で紹介しているので、ぜひご覧ください。
ラテン語文法は、ほとんどの現代語に比べたら複雑です。いきなり本格的な文法書に手を出すのは挫折の元ですので、まずはこういった手軽な本で言語の全体像を見てみることをおすすめします。