【フランス語多読(中級編)】20世紀フランス文学の名作でフランス語を学びましょ
多読は語学の基礎体力をつくる最も重要な作業のひとつです。私が多読をする場合、特に中級までの段階では小説をメインに読みます。その言語のことばの世界が一番豊かに広がるのはやはり小説ではないかと思うからです。今回は、フランス語の中級レベルの多読用に、フランス文学の名作を紹介します。
※この記事は「(旧)やるせな語学」(2019年4月)に投稿されたものを加筆修正したものです。
選定の基準
今回は、次のような基準で作品を選びました。
- 20世紀以降の作品
- 比較的短い作品
- 有名なもの
- 活字が大きく見やすい
今回選んだのは、すべて20世紀~21世紀の作家の作品です。それ以前の時代にも世界文学史上に輝く名作はたくさんありますが、古典感が強すぎると挫やはり少し読みにくさがでてしまうからです。
また、一冊が極端に長くないものを選んでいます。フランス文学と言えば、『レ・ミゼラブル』や『モンテクリスト伯』など大長編の作品も多いです。
しかし、長大な作品を最初から読んでいくのはしんどいので洋書で100~200ページほどの長さのものを選んでいます。だいたい日本の薄い文庫本から標準的な厚さの文庫本ぐらいのボリュームです。
これも大事だと思いますが、有名な作家の有名な作品をチョイスしました。やはり、有名な作品を一度でも読んだことがあるというだけで、その言語に対する愛着は変わってきます。
名作は文学のみならずいろんな文脈で引用されることもあるので、知っておくとやはりいろいろな場面で有利になります。
そして私にとっては結構大事なのですが、印刷の活字が大きく見やすいものを選んでいます。フランスの本ははっきり言って質が悪いものも多いです。和書のように上質な紙に見やすい活字が並ぶとは限りません。
そのため、今回は紙書籍派の方のために、活字が大きく余白もそれなりにあるペーパーバックを選定しました。
おすすめのフランス文学作品
以下では、私が実際に読んでみて学習におすすめできるフランス文学の作品を紹介します。
各作品の引用は私が独断で選んだ一節です。別にその作品を体現したフレーズでもないのであまり重く受け止めないでください。(私は本を読むときは気になったところをチェックしておいて、あとでノートに写したりしていたのですが、そのノートから選んでいます。)
『異邦人』
En tout cas, je n’étais peut-être pas sûr de ce qui m’intéressait réellement, mais j’étais tout a fait sûr de ce qui ne m’intéressait pas.
いずれにせよ、私は自分が何に興味があるかはっきり分かったことなどなかったかもしれない。しかし、私が何に興味がないかは全くもって明白だった。« L’ étranger »
Albert Camus
カミュの『異邦人』は20世紀フランス文学を代表する作品であると同時に、フランス語教材としても定番です。
この作品は、有名な文学作品ではありますが、そのフランス語はとても平易で読みやすいです。そのため、いろんなところでおすすめされていたりします。
この作品のカミュの文体はドライで簡潔ですので、一文がだらだら長くなることも比較的少ないです。また、半過去や複合過去といった、初心者にも抵抗のない「語りの時制」が使われているところもこの作品の敷居を下げてくれています。
一方で、ストーリーはめちゃくちゃわくわくする話という訳ではけっしてありません。後半は結構哲学的思索の深みにはまっていきそうな感はあります。
しかし、そこに何というか、「フランス的なるもの」も詰まっているような気が私はします。バカロレア(フランスの大学入試共通試験)の第一科目は誰もが恐れる「哲学」です。『異邦人』を読むと、フランスで「哲学」という科目がなぜこれほど重視されるのか何となく見えてくるのではないでしょうか。
ちなみに最初に引用した一節は、初読の時から強烈に私の印象に残っている一文です。あまりに当時の(そして今の)私の考えを的確に表していたので忘れることができません。
この作品が気に入った方は、長編『ペスト』も是非チャレンジしてみてください。長いですが、これを読み切るとフランス語にも確かな自信がつくはずです。私はこの作品をコロナ禍のフランス滞在中に読んだのですが、今まで読んだフランス文学の中でもベストに入る作品です。
『悲しみよこんにちは』
Sur ce sentiment inconnu dont l’ennui, la douceur m’obsèdent, j’hésite à apposer le nom, le beau nom grave de tristesse.
ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。
(朝吹登水子訳・河出書房新社・『池澤夏樹個人編集 世界文学全集1-4』)« Bonjour Tristesse »
Françoise Sagan
サガンの『悲しみよこんにちは』も日本では非常に名の知れた作品ですね。
この作品の魅力は、なんといってもサガンという作家の天才性が詰まっているところだと思います。サガンは19歳のときにこの作品でデビューし、一世を風靡します。
その後、山あり谷ありの人生をたどっていくのですが、この『悲しみよこんにちは』には若い著者の繊細でみずみずしい心情が、透き通るような文体で見事に表現されています。
この作品のハイライトは、何より引用した冒頭だと私は思っています。最初の段落には上の文にもう少し続きがありますが、この段落だけでもサガンという作家の才能に魅了されてしまいます。
(基本このサイトで原文の引用は拙訳を載せているのですが、この作品はプロ訳業をお借りしました。サガンの文を日本語に移すのは私のできる範囲を超えていました。)
フランス語は初心者が読みこなすには苦労するでしょうが、それでもめちゃくちゃ難しいことはありません。基本文法が身について何冊か簡単な仏書を読んだことがあるなら十分辞書を片手に読んでいけるでしょう。強いて言えば冒頭の一段落が一番難しいと私は思いました。
ストーリーには踏み込みませんが、男女の話がテーマです。女性には女性の、男性には男性の共感できるポイントがあるのではと思います。
『人間の土地』
Être homme, c’est précisément être responsable.
人間であると言うことは、責任があるということに他ならない。« Terre des homme »
Antoine de Saint-Exupéry
サン・テグジュペリといえば、『星の王子さま』が圧倒的に知名度が高いですが、大人向けの小説も人気です。
特に、『人間の土地』と『夜間飛行』は多くの大人たちを魅了してきた作品であると言えるでしょう。(宮崎駿監督の『紅の豚』にも影響を与えたと言われています。)
私は何もフランス文学の専門家でもなんでもないただの語学人間なのですが、サン・テグジュペリはとにかく文章が上手い作家だなあという印象を受けます。
作家だから文章が上手いのは当たり前なのですが、やっぱり「文章が上手い作家」というのはいるのです。美しいフランス語を書く作家と言えば私はこの人が真っ先に思い浮かびます。
『人間の土地』は、作者の実体験を元にエッセイとも小説とも言えるようなスタイルで展開していく作品になっています。この星で、いま、生きるとは、ということとひたすら真摯に向き合った作者からの不朽のメッセージが力強くあふれ出てくるかのようです。
といいましたが、私はサン・テグジュペリの本は正直苦手です・・・。あまりに「立派」なことが書かれているからです。私のようなだらしない人間にはちょっと立派すぎて読むとしんどくなることがあるのです・・・。冒頭に挙げた「人間であるということは、責任があると言うことである」みたいな台詞なんてまさにそうです。無責任な人間にはなかなか苦しい思想ですね。(笑)
そして、サン・テグジュペリの大人向け作品のフランス語は結構難しいです。『星の王子さま』とは違って一筋縄ではいきません。
むしろ、『人間の土地』のフランス語は今回紹介した作品のなかでは一番難しい部類だと私は感じました。技巧的で独特の美しいリズムを持ったスタイルは、なかなか初心者には読解に苦労するところであるこことは確かです。
それでも、この本を一冊読み終えるとフランス語のレベルも確実に一段階は上がっていることでしょう。
『ドーラ』
Il faudrait savoir s’il fait beau ce 14 décembre, jour de la fugue de Dora.
あの12月14日、ドーラが逃げ出した日は良い天気だったのだろうか知る必要がありそうだ。« Dora Bruder »
Patrick Modiano
パトリック・モディアノは日本では文学通の人ぐらいしか知らないようですが、世界的にはとても有名な作家です。
21世紀フランス文学を代表する作家であり、人気と知名度は日本で言うと村上春樹さんみたいなものでしょう。そんなモディアノは2014年にノーベル文学賞を受賞しています。この作品が決め手となったとされています。
この作品は、« Dora Bruder » という原題ですが、日本語訳では『1941年。パリの尋ね人』となっています。
この作品は、厳密には小説ではありません。過去に生きたある一人の少女をめぐる記録と記憶のドキュメンタリーといった趣の本です。ドーラという名のその少女が生きた悲しい時代の足跡をたどりながら、著者モディアノが自分の人生と、失われた世界について思いを馳せます。
モディアノと記憶の物語。流れゆく時の中に、永遠の光をともすような文章を生み出す作家として、モディアノの右に出る人はいません。
小説にもおもしろいものがいろいろあるのですが、私が一番心を動かされたのはこの作品です。今回紹介した作品のなかで、一番好きな本でもあります。
ちなみに小説では『失われた時のカフェで』(Dans le cafe de la jeunesse perdue) がいちばんモディアノらしさを体現しているような気がします。
ノーベル賞作家ではありますが、モディアノ作品は、物語もフランス語も、とても読みやすい部類です。それほど身構える必要はありません。
この本の翻訳にはひとつ注意点があります。翻訳は1998年に出版されたものですが、原作は出版後に出てきた新事実などについて加筆修正が施されています。そのため、翻訳は古い版のものですが、Folio版のペーパーバックは最新版です。ところどころ文が違ったりするので注意してください。
といっても、翻訳版には物語に登場する場所の地図がついていたりして、パリの街に詳しくない人にとってはとても助かる情報がたくさん追加されています。(原作には一切ありません。)なにかと手元に翻訳があると便利です。
『モンドとその他の物語』
Rien de mauvais ne peut venir du ciel, cela est sûr.
空からは悪いものは何も降ってこない。それは、確かだ。« Peuple du ciel »
J. M. G. Le Clézio
21世紀のノーベル賞フランス人作家といえば、モディアノと並んで、クレジオがいます。
クレジオの作品は難解なものもあるのですが、この『モンドとその他の少年』は児童書のような体裁をとっていて読みやすいです。(翻訳のタイトルは『海を見たことがなかった少年 ―モンドほか子どもたちの物語』)となっています。)
この作品は短編集ですので、一つ一つの物語は独立しています。また、各作品は非常に読みやすいフランス語で書かれているので学習者にはとても手が出しやすいです。
作品によって文体が異なるので、いろいろなスタイルにも触れることが出来ます。1冊の本の中に、単純過去で書かれた作品もあれば、複合過去と半過去で語りかける作品もあるわけです。
平易な言葉で語られる一方で、文明や都会的な豊かさとの距離感など、クレジオ作品の主題となるテーマも通底しています。現代社会に疲れた人にとっては心癒されるようなショートストーリーと言えるかも知れません。お気に入りを探してみてはどうでしょうか。
クレジオは今回挙げた作家の中でも私が特に好きな作家です。河出書房の世界文学全集に入っている『黄金探求者』など有名ですが、どれをとっても美しい文章と、根底に脈打つ生命感に魅了されます。今でも精力的に新作を発表している作家なので、書店で出会ったら手にってみてはいかがでしょうか。
『田園交響楽』
Ceux qui ont des yeux, dis-je enfin, ne connaissent pas leur bonheur.
「目が見える人は、」私はとうとう言った。「それがありがたいことだとは気づかないんだよ」« La symphonie pastrale »
André Gide
最後に紹介するのは、一番「古典的な」小説といってもいい作品です。ちょうど100年前ほどの1919年に出版された、ジッドの『田園交響楽』です。
ジッドは昭和時代に日本にも多くの作品が紹介され、当時の文壇にも大きな影響を与えた作家だと言われています。
一番手軽に読める長さでストーリーがおもしろいのはこの『田園交響楽』ではないかと思います。宗教的なイメージや、少女と大人の関係など、現代日本にはあまり馴染みのないモチーフもありますが、それでもストーリーは引き込まれるものがあります。
私が一番短期間で読んでしまったフランス語の本でもあります。
古典作品となった感はありますが、フランス語自体はそれほど難しくありません。何冊かフランス語の本を読んだ経験があるならじっくり時間をかけつつ読んでいけると思います。
まとめ
冒頭にも述べましたが、小説で多読をするメリットは、何より豊かな言語感覚が身につくということだと思います。
愛を語り、友を助け、自らに語りかけることばの世界がそこには広がっています。
確かに文学作品には難しい言い回しや比喩的表現もあります。しかし、フランス語の一流作家が書いた文章に触れることは、やはり他の学習では補えない恩恵があると思っています。
気になった作品から是非手に取ってみてください。
もう簡単な作品と仏書多読にあたっての心構えについては以前の「初級編」で紹介しています。そちらも合わせてお読みください。