【ドイツ語ってどんな言語?】発音・文法・語彙の特徴から「真のゲルマン語らしさ」へ迫る

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言語には、魂が宿るでしょうか。ドイツ語の響き、ドイツ語の文法、ドイツ語の語彙を見るたびに、「ドイツ的なるもの」というつかみ所のない何かに心を射貫かれます。ドイツ語を聞くと、私の心の奥底にある「面白い言語センサー」は強烈なまでに反応し、脳からはドーパミンが滝のようにあふれ出て、その魅力にとりつかれてしまうのです。

世界には何千もの言語があるとされていて、その中で私がかじったことのある言語など、せいぜいミジンコほどの割合です。その中でも、ドイツ語はやっぱり面白い。

ドイツ語を勉強すると、いつだって、そのたびにドイツ語の面白さにハッとし、ちょっと融通の利かないところに愛着を覚え、たくましく時に無骨な造語力に思わず笑みがこぼれるのです。今回は、ドイツ語という言語に興味がある人もない人も、ドイツ語の面白さをわかってもらえるように、言語の魅力を余すことなく紹介していこうと思います。

ドイツ語は、ヨーロッパ中央部から北部の北海沿岸地域にかけて広がる、ゲルマン語という語派に属します。私たちがまず習う英語もゲルマン語です。英語がその歴史の中でゲルマン的性格を薄くしていったのに対し、ゲルマン語の古い姿を比較的よくとどめると言われるのがドイツ語です。英語とドイツ語は表面的には差異の方が目につくかもしれませんが、勉強すればするほど、深いところで密接につながっているのがわかります。ドイツ語がわかると英語の真の姿をまた新たな視点から捉えることができるのです。この記事の後半では、ドイツ語の語彙を紹介しながら、他言語との関係・距離感についても考察していきます。

Die deutsche Aussprache

ドイツ語の発音

まずは、ドイツ語の発音についてです。

初めてドイツ語の発音を聞くと、シャープに響く子音と、ゲルマン語特有の第一音節強勢のリズム感が相まって、歯切れのいい、スタイリッシュな音だと思う人も多いようです。ドイツ語の単語は多くがゲルマン語由来の語彙であり、短めの単語の第1音節に強い強勢を置きます。強く発音する一つの母音の周りに、子音がワシャワシャと集まって、さながらゲルマンの森から響くような深みのある音声をもつのです。一つの子音に一つの母音がセットで用いられるような日本語やイタリア語とはこの点、響き方が大きく異なります。

学習者にとって気になる発音の難易度ですが、ご安心ください。ドイツ語の発音は、決して難しい部類ではありません。日本語や英語と違う音もありますが、何より鮮やかなまでに「発音のルール」が明確であるので、どんな単語も一定の規則ですぐに発音できるようになります。

「ルールがきっちりしている」は、発音のみならず、初級文法においても同じく見られる、ドイツ語全般の一大特徴です。これを面白いと思えるか、これがドイツ語と仲良くなれるかの最大のポイントとなります。

発音のここが簡単!

  • 規則が明確
  • 第1音節強勢

ゲルマン語派の言語では、単語中で強く読む音節が単語の第1音節という原則があります。ある意味で、単語の強勢が語頭にあるというのが、ゲルマン的であることの指標とも言えます。同じくゲルマン語である北欧系の言語では、英語の the にあたるような冠詞を、名詞の後ろにつけます。そうすることで、徹底的なまでに「第1音節強勢」というゲルマン語の特徴を維持しているのです。

ドイツ語では、冠詞は英語と同じように単語の前につきますが、大抵の単語は第1音節を強く読みます。

ドイツ文学の大文豪ゲーテの詩にシューベルトが曲をつけた有名な歌曲『野バラ』(Heidenröslein)を見てみましょう。

Sah ein Knab ein Röslein stehn
  強     強   強    強

Röslein auf der Heiden
  強   強   強 

このように、強弱が交互に出てくる素朴な言語のリズムに、音楽の強拍が合わさってシンプルながら印象的な旋律になっています。

基本的にドイツ語の単語を勉強するときは、単語の強勢の位置を暗記する必要はありません。単語の強勢は本来のドイツ語の語彙で第1音節、外来語では最後の音節という原則がしっかりしているからです。英語は、フランス語やラテン語の影響を多分に受けて、第1音節強勢というゲルマン語の特徴が大分薄れているのでそうはいかなくなっていますが、ドイツ語は十分この特徴を保っているのです。「語彙」の章で詳述しますが、もちろんドイツ語にも外来語は一定数あります。しかし、英語に比べると「初めて見て発音がわからない」となる単語はほとんどありません。

ドイツ語の発音は規則が明確です。英語のように1文字の読み方が無数にあるなんてこともありません。英語では、1つの文字に hat, hate, car, care, manage など、いくつかの読み方があるのですが、ドイツ語では大雑把に見ると、音と文字は1対1で対応しています。

正しい教材で正しい練習をすると、ドイツ語の発音はすぐに身につきます。比較的発音しやすい言語というのは間違いないでしょう。

発音のここが(少し)難しい!

  • 日本語にも英語にもない音がある
  • ローマ字読みと違う部分も多い

ドイツ語の発音は、それほど難しくないと述べてきましたが、一方で「ドイツ語の発音は難しい」と思っている人がいるのも事実です。そして、そう思えてしまうのも大いに理解できます。

一部、ドイツ語の発音は、私たちに見慣れないものがあります。子音では R の発音や CH の発音などがそうです。バッハ Bach の発音は、およそカタカナとは違います。口の奥をこするようにして発音します。R も一般的には、うがいをするときに口の奥を震わせるようにして発音します。初めて勉強する人にはなかなか難しいかもしれません。(ただし、その分 L との違いが英語よりも明確になるという利点もあります。難しい部分は裏を返せば何らかの利点があるというのは言語にはよくあることです。)

一般的にドイツ語の発音を練習するときに、最初の壁になるのは「ウムラウト」という現象です。詳しい発音については別の記事で述べていますが、アルファベットの上に点々がつく、ドイツ語ならではの文字です。

ウムラウトは古いゲルマン語の語尾によって引き起こされるのですが、現代語ではその語尾は消えてしまっているので、単に母音が変化しているだけのように見えます。特に、ÖとÜ の発音は、英語にも日本語にもないので、はじめは戸惑うかもしれません。しかし、発音の変化の仕組みを理解して、丁寧に練習していくと、必ず誰にでもマスターできる母音です。この発音ができないとドイツ語の発音はいつまでたっても身につきませんので、最初の段階でしっかり理解しておくことが大切です。

さて、ウムラウトであったり、ドイツ語独特の読み方をする単語も多いので、ドイツ語はイタリア語ほどは「ローマ字読みでOK」のようにはいかない言語になっています。実際、先ほど挙げた『野ばら』の例でも、

Sah ein Knab
ザー アィン クナープ

einslein stehn
アィン るースライン シュテーン

のように聞こえます。ローマ字読みが通用しているのは太字の文字だけです。確かに Name「ナーメ=名前」のようにローマ字読みでもいける単語はありますが、「ドイツ語はほとんどローマ字読み」はいくらなんでも言い過ぎな気がします。むしろ、ローマ字読みとは違う部分も多いけれど、ドイツ語ならではの読み方は極めて規則的で体系立っているので、非常に覚えやすいです。という感じでハードルを適切に下げておきたいところです。

実際の発音について、詳しくは以下の記事で説明します。この記事を読むとほとんどのドイツ語の単語は発音できるようになるように書いているので本格的に知りたい方はぜひご一読ください。

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Die deutsche Grammatik

ドイツ語の文法

ドイツ語の文法を勉強するときの大事な姿勢は「ドイツ語の考え方を理解する」というものです。初級段階ではたくさんの語形変化を覚えないといけないので、表の丸暗記に陥ってしまうというのが文法学習のよくある落とし穴です。

ドイツ語は、とにかく「うまくできている」言語です。複雑そうに見える変化表も、根本にある考え方を理解すると、一切の無駄がない完成された体系になっていることがわかります。最小の要素で最大の効果というのがドイツ文法に通底する考え方です。これが面白いと思えると、ドイツ語の魅力にとりつかれたも同然です。マスターへの道は一気に開かれます。

ドイツ文法を支える2大柱

初級段階で学んでいくドイツ語文法には、2つの大きな柱があります。それが「格変化」と「枠構造」です。この2つを大きな柱にして、ドイツ語的考え方を身につけていくと、ドイツ語の文法学習はめっぽう楽しくなります。

格変化

格変化とは、名詞・代名詞およびそれにかかる冠詞・形容詞・分詞などが、文中の役割に応じて形を変えることです。次の文を見てください。

Ich sah den Mann.
 私はその男を見た。

Der Mann sah mich.
 その男は私を見た。

※ sah「見た」

①の文では「私」が主語で「その男」を見た、と述べています。このように、動詞の目的語になる名詞につく冠詞は den Mann となっています。

一方、②の文では「その男」が主語です。冠詞は der Mann となっています。このように、文中での役割を表すために、名詞 Mann に付いている冠詞が形を変えています。これこそが格変化です。冠詞が格変化することで、「この単語は主語ですよ」「この単語は目的語ですよ」ということを示してくれているわけです。

「私」にあたる単語は主語で ich となり(①)、目的語で mich となっています(②)。それぞれ英語の I, me にあたります。これも格変化です。英語は代名詞だけ、このように格変化を現代まで残しています。ドイツ語ではこういった格変化が一応はすべての名詞に起きるということです。

「一応は」といったのは、この例文からわかるとおり、名詞そのものの Mann は格が変わっても語形は変わりません。(実際には語形が変わる格もありますが、今回は入門用に省いています。)そして、格を示しているのは der, den という定冠詞です。さらによく見てみると、定冠詞の中でも -r, -nたった1文字(1音)のみの違いで格を示しています。

ここが、ドイツ語の面白いところです。格変化は厳然として存在するのですが、格を示す方法は最小限に、ぎりぎりのところまで切り詰められているのです。話し手はたった1文字の違いで格を示し、聞き手はそれを理解します。

こういった格変化は、古い英語にも見られたのですが、千年ほど前の段階で、英語からはほとんどなくなってしまいました。ドイツ語はこの格変化を現代まで残した言語と言えます。

ドイツ語の格変化がわかると、なぜ英語で、「毎日」というとき、every day といって on every day とは言わないのか、また、なぜ always に -s の語尾が付くのか(複数の-sではないですよ!)といった当たり前の現象の仕組みが見えてきます。格がわかるということは、言語をまた一段階上のレベルで捉えることができるということです。ドイツ語はその視点を手に入れるのに最適な言語です。

枠構造

「枠構造」といういかつい名前の用語はドイツ語を勉強している人にはおなじみですが、そうでないなら知らないような用語です。この言葉は、簡単に言うと、ドイツ語の語順に関する規則です。ドイツ語には「動詞は文の2番目」という強力なルールがあります。

ドイツ語の語順はどうなってますか?と聞かれたら、私はこう答えます。

「ドイツ語の語順は、自由で、不自由です」

いかにも人をくったような言い方ですが、実際にドイツ語の語順は英語やフランス語に比べても自由度が高い部分がある一方、強烈に不自由な部分もあります。不自由な部分の代表が「動詞は2番目」というルールです。これを考えるために、先ほどの文をもう一度挙げましょう。

①Ich sah den Mann.
 私はその男を見た。

②Der Mann sah mich.
 その男は私を見た。

※ sah「見た」

両方の文において、sah「見た」という動詞が2番目の位置に来ています。これは通常のドイツ語が守るべき、かなり強いルールです。一方で、各文は、動詞以外の要素なら次のように書き換えられます。

① Ich sah den Mann.
→ Den Mann sah ich.
 私はその男を見た。

② Der Mann sah mich.
→ Mich sah der Mann.
 その男は私を見た。

①から、主語の Ich が動詞の後に移動して、目的語の Den Mann が最初に移動しています。それでも文の意味は同じです。このように、ドイツ語では、動詞が2番目でさえあるなら、その他の要素は自由に文頭に持ってくることができます。ニュアンスは多少変わりますが、全体的な意味は変わりません。こんなことができるのは、先ほどの格変化のおかげなのです。格が文中での役割を示してくれているので、主語の形であるならば、動詞の後に来てもそれが主語だと判断できます。目的語も同様です。ここでもまた、ドイツ文法は一切の隙がなくうまくできています。

では、この文をもう少し複雑にしてみましょう。sah「見た」という動詞は過去形ですが、現在完了形にして、場所や時間を表す言葉を付け加えます。

私は昨日その男を駅で見た。

Ich 私は
habe … gesehen 見た
gestern 昨日
am Bahnhof 駅で
den Mann その男を

A: Ich habe den Mann gestern am Bahnhof gesehen.
ニュートラルな語順

B: Gestern habe ich den Mann am Bahnhof gesehen.
「昨日」に重心

C: Am Bahnhof habe ich gestern den Mann gesehen.
「駅で」に重心

D: Den Mann habe ich gestern am Bahnhof gesehen.
「その男を」に重心

現在完了は英語の have seen と同じく habe … gesehen という形で作ります。英語と違って単なる過去の出来事も日常的には現在完了で表します。この場合、動詞は habe ですので、すべての文において、この動詞が2番目に来ています。一方で、文頭には、主語だけでなく、時間や場所句であったり、目的語であったり、割と何でもござれです。ここは自由です。

さて、語順の特徴として目に付くのが、現在完了をつくる動詞 habe と結びつく過去分詞 gesehen が文末に来ている点です。これが「枠構造」と呼ばれるものです。ドイツ語は動詞と最も強く結びつく要素は文末に移動します。そして、この結果、2番目の動詞と文末の要素で文全体の枠組みをかっちり固めるようになっています。だから「枠構造」です。

ドイツ語では英語と同様、助動詞が活躍しますが、助動詞がとる動詞は文末です。 さらには、ドイツ語には「分離動詞」という、わくわくするような名前の動詞があって、分離動詞は、辞書に載っているときは1語なのですが、通常の平叙文に登場した途端、真っ二つに分かれて、先っちょの要素が文末に移動します。

枠構造の例2つ

助動詞と結びつく動詞は文末
英: I can speak English.
独: Ich kann Englisch sprechen.

分離動詞 aufstehen「起きる」
Ich stehe um 6 Uhr auf.
私は6時に起きる。

※ aufstehen という動詞が、平叙文中で使われると、接辞 auf- が分離して文末に移動する。

単語がぱっくり分離するなんていう考え方は、英語やフランス語にはまったくないものですので、分離動詞が出てきたときに躓く学習者も多く見られます。しかし、これはこういうもんだと割り切って受け入れると、分離したり合体したりというこの動詞が、面白い存在に思えてきます。ウルトラホーク1号に魅力を感じる人ならこの分離動詞の虜になってしまうこと請け合いです。ドイツ語の文法は本当に理論がきっちりしていて、パズルのピースが必ず最後にははまるようにできています。これがわかるともうやめられません。

ドイツ語と英語史を勉強していると、あるあるなのですが、やはり古い英語では現代のドイツ語と似たような語順も一般的でした。古英語やるならドイツ語は外せませんねえ。

一般的な教科書で習う事項

ドイツ語の初級文法では次のような項目を学習します。どの項目がどの要素を含んでいるかを知ると、学習の方針が見えてきます。

動詞の変化を覚えるという要素ももちろんドイツ語の学習にはあります。とくに最初期の段階はやはり、基本動詞を使えるようにならないと話になりません。

ただ、全体的に見ると格変化と枠構造に基づく語順を覚えるというのが、ドイツ語の初級文法を貫く2つの柱といっていいでしょう。最初の段階で全体を見渡しておくと、難しい場面に直面したときに挫折するリスクがなくなります。ここはちょっと難しいかも、と知っているなら、初級の段階で完全マスターしなくても、徐々に理解していけばいいところだと割り切ることができます。

各学習項目の中で、先ほど挙げた「格変化」と「枠構造」に関するものは次のようになっています。

格変化枠構造
冠詞の格変化※
動詞の現在形
冠詞類
人称代名詞
動詞の過去形
完了形・未来形
法助動詞
受動態
分離動詞※
複文
関係詞
分詞
形容詞の格変化※
比較
接続法
赤字で示した項目では、動詞の形、用法そのものが話題になります。この単元では動詞の語形変化を覚えるのがメインになります。

各文法項目のうち、※をつけたものは、初級文法で躓く人が多いところです。まず、最初の冠詞の格変化は絶対避けて通れないのですが、ここで挫折するリスクが一番高く、ここでやめてしまうのが一番もったいないところでもあります。最初は気合いで乗り越えるしかない部分も多いです。ある程度格変化は練習を重ねていく中で覚えていくものだと覚悟しておきましょう。

格変化のラスボスは「形容詞の格変化」という項目です。これまで習ったドイツ語の考え方を総動員するとなんら難しいことはなく、むしろその体系に感動すら覚えるところです。しかし、それまでの項目が身についていない人にととっては最も面倒くさく、挫折しやすいところにもなります。

関係詞など難しそうですが、実は英語にも関係代名詞は格変化(who, whose, whom…)があるので、英語を勉強してきた人にとってはドイツ語の関係詞はそれほど困難ではありません。

最後の接続法は初級文法の教科書で完全にマスターするのはほぼ不可能だと割り切って、実際に文章を読んでいく中で身につける姿勢をもっておくといいでしょう。

Der deutsche Wortschatz

ドイツ語の語彙・他言語との関係

ドイツ語の語彙の特徴は、何よりゲルマン語の語彙を現代に多く残すというものです。まずは、ドイツ語の語彙学習のどの点が比較的容易で、どの点が時間がかかるかを考えます。

語彙学習のしやすさ

  • 強勢は第1音節
  • 基本語をくっつけて新語をつくる
  • 基本語幹から派生して単語をつくる
  • 外来語が少ない

単語ごとに強勢の位置を覚えなくていいというのは、「発音」の章で述べた通りです。実際、基本的な規則さえ頭に入れると、ドイツ語では初めて見た単語も発音できますし、初めて聞いても綴れます。この点は英語よりもずいぶん楽に学習ができます。

ドイツ語の語彙暗記は、英語に比べるとずいぶんはかどります。学校で英単語帳を必死に覚えた記憶がある人も多いでしょうが、ドイツ語では英語ほど多くの単語を覚えなくても事足りることが多いです。これはドイツ語の語彙が貧弱であるという訳ではなく、むしろ英語の語彙が異常に豊かであるという部分が大きいです。英語は中世以降、英語が言語として存続したのがある意味不思議なぐらいフランス語やラテン語の影響を受けました。その結果、英語の語彙を習得するということは、2つの言語の語彙を習得するぐらいの労力が必要になってしまっています。実際、大学入試向けの英単語帳に収録されている単語の大半は、本来の英語からしたら外来語なのです。

ドイツ語にももちろん一定数の外来語はありますし、そのうちいくつかは日常的にも非常に頻繁に使うものもありますが、それでもその数は少ないです。

また、ドイツという国が国家としてまとまりを見たのは歴史の中では近代に入ってからでした。このため、ラテン語系の言語に比べて、国語としてのアイデンティティーを獲得するのが遅かったと言えます。そういう事情もあって、近代以降、新たな概念を言葉にする必要が出たとき、ラテン語系の言葉を外来語として取り入れるのではなく、ドイツ語本来の単語を組み合わせて新語を生み出していく傾向がありました。ある意味では、外国語の概念を自国語の語彙で表すことで、自分たちの言語の価値を守りたかったのです。

抽象名詞をフランス語・ラテン語から多く借用した英語と、ゲルマン語本来の単語から新造したドイツ語はこの点で対照的です。

仏語・英語ドイツ語
注意attentionAufmerksamkeit
意識conscienceBewusstsein
概念notionBegriff
英語はフランス語系の単語を取り入れているのに対し、ドイツ語はゲルマン語本来の単語を組み合わせたり派生させたりしている。

このように、既存の単語をくっつけて簡単に新語が造れるのもゲルマン語の特徴です。実は、英語で「虹」が rainbow (rain+bow 弓) と言えるのもゲルマン語の造語力のおかげなのです。フランス語では「虹」は l’arc-en-ciel [=the bow in sky] のように、前置詞を使って単語を連結するのが一般的です。

ドイツ語ではこの「単語くっつけ力」がめちゃくちゃ強く発揮されるので、もう、なんでもかんでもくっつけます。まあ、なんでもかんでもは言い過ぎですが、本当に新語はたくましく生まれていきます。私が見たことのあるおもしろ単語には例えばこんなのがあります。

Barfußspaziergang
裸足ハイキング

Bar 裸の
Fuß 足
Spazier 散歩
Gang 行くこと

これは極端な例ですが、ドイツ語の文章を読んでいるとこんな感じの単語には割と頻繁に出会います。

基本的な語幹に意味の方向性を指定するための接頭語をつけたりして派生させるドイツ語の語彙は、基本単語をしっかり覚えてしまうと、掛け算的に一気に増やすことができます。この点も勉強がしやすいところです。

語彙学習のしにくさ

  • 名詞は性を覚えないといけない
  • 名詞の複数形の作り方を覚えないといけない
  • 不規則な活用をする動詞もある

ドイツ語語彙は、ドイツ語語彙ならではのちょっと面倒な点もあります。名詞を覚える際には「男性・女性・中性」の3つの性を覚えないといけません。はじめのうちは Tisch「机」は男性名詞、Sonne「太陽」は女性名詞、Mädchen「女の子」は中性名詞(!)なんて面倒くさく感じるかもしれませんが、これは絶対覚えるしかないです。これを覚えていないと基本的にその単語を文中で使えることはないといってもいいぐらいです。

また、名詞の複数形の作り方も単語ごとに覚える必要があります

単数複数
息子(男性)SohnSöhne
学生(男性)StudentStudenten
花(女性)BlumeBlumen
本(中性)BuchBücher
家(中性)HausHäuser
ドイツ語の名詞の単数形と複数形

つまり、ドイツ語の名詞を覚えるということは、性と複数形を同時に覚えるということです。これを覚えていないとその単語は使えないに等しいのです。

ただ、語彙学習が進んでくると、性や複数形の作り方には一定の傾向が見えてくるのも事実です。その点、やっぱりドイツ語はうまくできています。最初は大変そうに見えても、規則を頭に入れると一気に学習ははかどっていきます。

現在時制が不規則に活用する動詞も一定数有りますが、やはりこれも発音のしやすさなどが理由で、大抵は例外でも規則的に説明することができます。また、不規則変化する動詞の数も、フランス語やイタリア語に比べたらはるかに少ないですので、それほど恐れなくてもいいでしょう。

英語とドイツ語

英語とドイツ語は同じゲルマン語に属する言語であり、起源5世紀頃にゲルマン人の大移動が始まった頃はほとんど区別のない同じような言語であったとされています。英語の直接の起源はアングル人・サクソン人・ジュート人がブリテン島に移動した後、彼らの言語として話されていた古英語(Old English)に遡ります。

古英語は現代英語とまったく見た目が違い、現代英語話者にとってもほぼ理解不能な言語なのですが、ドイツ語がわかると不思議とわかる単語や文法事項がたくさんあることに気づきます。私はドイツ語を勉強した後で古英語を勉強したのですが、古英語文法で丁寧に説明されている事柄はドイツ語では当たり前のことすぎて、何やら肩透かしを食らっているような気分になることもあります。

そんな英語とドイツ語ですが、11世紀を過ぎたあたりから、対照的な道を歩み始めます。英語は1066年のノルマン・コンクエストにより、フランス人に支配される国なり、ゲルマン語彙がラテン語系の語彙によって駆逐されたり、意味を変化させたりしていきます。

一方ドイツ語は歴史の中においてずっとゲルマン語の古い姿を保ち続けた言語です。そのため、現代では、見た目上、ドイツ語と英語はずいぶん違う言語になってしまいました。ゲルマン語感が薄れた英語と、ゲルマン語感満載のドイツ語の対比はずいぶん大きいです。多くのが英語学習者は英語はゲルマン語ということを知らず、ラテン語から派生したと思っているぐらいです。

ただ、格変化や枠構造は英語には見られないものの、基本的な語順や、中学英語で習うような基本語彙には、英語とドイツ語の共通点が多く見られます。

ドイツ語が確立していく最初期の段階で、ドイツ南部の地域にかけて子音推移があり、その音が他のゲルマン語からドイツ語を際立たせています。すべては紹介できませんが、一例を挙げるとこんな感じです。

この変化は、専門用語で第二次子音推移(高地ドイツ語子音推移)と言います。ここではわかりやすくするため、現代英語と現代ドイツ語を比べてみます。

英語 th- → ドイツ語 d-

think → denken
thank → danken
this → dieser

英語 -p- → ドイツ語 -f-

help → helfen
deep → tief

ここに挙げた例以外にも、子音の対応関係はたくさんありますので、興味のある方は調べてみると面白いと思います。ドイツ語史を扱った本にはもれなく収録されていると思います。

また、ドイツ語と英語の関係で見逃せないのが、現代(20世紀後半以降)における、英語からの借用語の増大です。コンピュータやIT関連の言葉などは、日本語でもそうですが、ドイツ語でも英語から多く取り入れています。身近なところで言うと「携帯電話」はドイツ語で Handy(「ヘンディー」のように発音する)とって、発音も綴りも完全に非ドイツ語的です。現代では流行語や新語は多くが英語由来ということもドイツ語の特徴です。

ラテン語・フランス語・イタリア語とドイツ語

繰り返しになりますが、ドイツ語はゲルマン語の姿を比較的しっかり保った言語です。そのため、ラテン系の言語の影響は一見するとそれほど大きくないように見えます。しかし、これはあくまで英語と比べてのところであり、もちろん、歴史の中で地理的に近いフランスやイタリア、そして学問・教会の公用語であるラテン語の影響は小さくはありません。

ドイツ語にも Information「情報」、Studium「学問」、Energie「エネルギー」など、ギリシャ・ラテン系の言葉は日常的にも見られます。

また、kaufen「買う」のように一見すると外来語のようには見えない単語も実はかなり早い段階でラテン語から借り入れた単語であるなんて例もあります。(この単語は英語だと cheap「安い」と関連しています。古英語からある単語ですが、ラテン語由来です。)

とはいっても、ドイツ語を勉強した後にフランス語やイタリア語を勉強しても、実際的なアドバンテージはあまりないというのが現状です。ドイツ文法を規範化した18世紀以降の文法家たちはラテン語の文法体系を無理やりゲルマン語のドイツ語に当てはめたりしたので、本来語形変化で未来を表す形がないにもかかわらず、助動詞 werden を使う表現を「未来時制(Futur)」と呼ぶようになったりもしたのですが、やはり語派が違うので文法概念は本来的に異なるものが多いです。

私の印象ですが、フランス語を理解するドイツ語話者はそれほど珍しくないのですが、フランス語話者でドイツ語できますという人はとても稀な気がします。むしろ多くのロマンス語話者はドイツ語のことを「なにやら恐ろしくムズカシイ言語」ぐらいに思ってそうな気がします。

Schlusswort ー Japanisch und Deutsch

日本語とドイツ語―まとめに代えて

以上、ドイツ語の言語としての特徴に私なりの考察をしてみました。

言語の難易度ととはそもそも議論不可能であり、なにがムズカシイとかカンタンという話ははっきりした座標軸が設定されていない限り意味をなしません。この記事の目的は一つです。

とにかくドイツ語の面白さを知ってもらいたい!

これを読んでくれた方が、少しでもドイツ語の面白さを体感してくれたらそれ以上の喜びはありません。

ドイツ語は現在、大学の第2外国語として学習する人が減少している言語という噂を聞きます。かつては日本人の第2外国語といえば、文理問わずまずドイツ語みたいな時代もあったようですが、今はとにかく英語の時代ですから、何やらお堅い感じに見えてしまうドイツ語が地位を失っているのも無理からぬことかもしれません。海外の人とたくさん話したいならスペイン語やフランス語がいいでしょうし、K-popのアイドルが好きならやっぱり韓国語がいいですよね。英語極めるならまずはフランス語と私でも言います。(古英語やるなら絶対ドイツ語です。)

では、ドイツ語の強みはなんでしょう。哲学?音楽? 

もちろんそれもありますが、それだけではありません。何より言語としての考え方がとても面白いのがドイツ語です。単語の作り方も面白い。外国語を勉強する理由など、それで十分だと私は思っています。

実はロシアを除くヨーロッパ地域で、母語として話す人口が一番多いのがドイツ語です。ドイツの週刊誌 Spiegel は欧州最大の発行部数を誇る雑誌です。ドイツは日本と同じで出版大国でもあります。ヨーロッパ系で言語を勉強するなら、ドイツ語で書かれた教材が使えるというのは強力なアドバンテージになります。ドイツ文学もオーストリア文学もスイス文学も、古典から現代まで傑作がずらりとならんでいます。

歴史を考えると当然ですが、日本語とドイツ語の関係も実は深いのです。日本語の「エネルギー」はドイツ語から来ています。まあ、今では英語由来の「エナジー」も別の文脈で市民権を得つつありますが、「エネルギー」はドイツ語の発音なのです。このように、実はドイツ語由来なんて単語はたくさんあります。「アレルギー」「イデオロギー」「ヒエラルキー」なんていかにもドイツ語っぽいです。意外なところで「テーマ」も「リュック」もドイツ語です。(「リュック」以外は究極的にはギリシャ語由来。)

ヨーロッパのほぼ中央に位置するドイツ語圏は、ヨーロッパ世界を理解するには避けては通れないエリアです。ドイツ語がわかるということは、そこを通して、世界がわかるということです。それはまた、英語、あるいは稀に日本語の本当の姿に気づくということも意味します。ゲルマン語の真の姿が見えてくると、英語の世界もまた変わるのです。世界はぐっと深くなり、視野は広がります。

こんな言語をやってみたいと思いませんか?

なんていろいろ書きましたが、結局、語学の動機は、その先にどれだけのやるせなさが待っているにしても、これだけで十分です。

なんかオモシロそう。

参考文献
  • 小塩節(1988)『ドイツ語とドイツ人気質』講談社学術文庫
    [ドイツ語とはどんな言語か、そしてドイツ語を話す人たちの考えはどうなっているかについて論考した名著です。やや古いですが、今でも色あせない魅力があります。とくにドイツ語の音の特徴を鮮やかに捉えた冒頭は必読です。]
  • 須澤通・井出万秀(2009)『ドイツ語史ー社会・文化・メディアを背景として』郁文堂
    [日本語で読める最も包括的なドイツ語史。ある程度ドイツ語に詳しい人が、現代ドイツ語に観察される諸現象の由来を辿るのに適している。]
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