印欧語の動詞の形態を学習しましょう【難易度高め】

imaizumisho

英語を勉強していると、英語はどこから来たのかと思うことがあります。遙か彼方まで言語の歴史を遡っていくと、英語やドイツ語、フランス語、ロシア語まで、インドからヨーロッパにかけて使われている言語は、印欧祖語というプロト言語に行き着くとされます。今回は、言語の遙か源流へ旅をします。そして扱うテーマは動詞の形態です。名詞と比べて遙かに混沌とした言語変化の世界がそこにあります。

この記事は一般向けとしては非常に難しい内容になっているかもしれません。難しい点は読み飛ばしてもらって、とにかく印欧語では語幹の区別で相を表していたということを納得してもらえたらいいでしょう。

Proto-Indo-European

印欧語の語幹と相

英語、フランス語、ロシア語など、現代の多くのヨーロッパの言語の共通祖先とされる印欧語の動詞の形態はどうなっていたでしょう。とはいっても、印欧語の動詞の形態や用法は複雑であり、はっきりとはわかっていない点も多いのです。名詞類の形態が時代を経ても大きく変貌することなく、文献が残る時代の古典語に受け継がれるのとは対照的に、「動的な言葉」は、言語を使用する側や社会の様々な要因によって流動的に動いていきます。だからこそ、各国語で動詞変化に依存する時制形式が様々な違いが見られるのです。

以下では、やや複雑な議論になるので、その前に用語を整理しておきます。時制と語幹を区別するため、このページでは次の表記を使います。

Stative(静的な状態)

Eventive(動作)

このうち、Stativeは、PERFECT語幹(完了語幹)によって表され、Eventive はさらに動作の完結を表すAORIST語幹(アオリスト語幹)と、未完結・継続を表すPRESENT語幹(現在語幹)に分かれていきます。

印欧語の語幹
《PERFECT語幹》
 静的な状態: 《stative》

《PRESENT語幹》
 動作の未完結・継続: 《imperfective》
《AORIST語幹
 動作の完結: 《perfective

PRESENT語幹は、未完了相(imperfective)というアスペクトをもつ形式で、「現在時制」と同義ではありません。各幹はアスペクトの表現形式であって、時制形式ではありません。この点に注意が必要です。見ての通り、PERFECT語幹の相が《stative》であって、AORIST語幹の相が《perfective》であるのに注意してください。語幹名は慣習的なもので、深い意味を考えない方がいいです。記号のようなものと考える方がいいと思います。(実際に違う呼び方も最新の研究ではよく提示されています。)ここからは、上記の例にならい、語幹名は《大文字+語幹》で表記し、相は《stative / imperfective / perfective》などと《小文字》で表記していきます。

この「語幹」こそが、印欧語の動詞の「素の姿」といってもいいかもしれません。各動詞の基本となる語幹に何らかの語尾や母音交替などの操作をして別の語幹に乗り入れることができる語もあれば、それができない語もあったとされています。一つの語彙的意味を持つ動詞が複数の語幹で使われたり、一つの語幹でしか使われなかったりしたわけです。

VOICE and MOOD

動詞の態と法

印欧語には能動中受動という2つの態の区別がありました。中受動態では、主語の動作が主語自身に返ってくるような、中動態の形式として機能しました。その後時代が下ると、受動的な意味も表していきます。

印欧語の法は、直説法、接続法、希求法、命令法がありました。多くの娘言語にある不定法(不定詞)の形は再建されていません。

印欧語の相
能動(active)
中受動(mediopassive)

印欧語の法
直説法(indicative)
接続法(subjunctive)
希求法(optative)
命令法(imperative)

態のうち、中受動態は古代ギリシャ語には比較的はっきりと残っています。ラテン語(イタリック語派)やゴート語(ゲルマン語派)では、現在時制には見られますが、過去時制には総合的な形態としては見られません。その他の古ゲルマン語では現在時制でも《be + 過去分詞》のように、単語を組み合わせる分析的な形式で表示するようになっています。

印欧語からゲルマン語に流れるにつれ、接続法は直説法と合体し、希求法がゲルマン語の接続法として引き継がれました。このへんもややこしい。

ENDINGS and TENSE

動詞の語尾と時制表現

印欧語では、先述した動詞の語幹に語尾を付け加えることによって動詞の活用した形(定形)を生み出します。語幹に語尾をつける際、動詞に直接語尾を付すか、接着剤の役割を果たす母音(テーマ母音)を語尾の前に挿入するかで、動詞はまた2種類に分かれます。

語尾の付き方による動詞分類

athematic verbs
→テーマ母音をつけずに、語幹にそのまま語尾をつける動詞

thematic verbs
→語幹に語尾をつける際、-e/o などの「テーマ母音」を接着材のようにつける動詞

athematic verbs は、例えばギリシャ語では μι動詞と呼ばれる動詞群に連なります。一方、thematic verbs はギリシャ語では ω動詞という、より一般的な動詞群になっていきます。英語を含むゲルマン語では athematic に由来するのは、be, go, do などの一部の不規則動詞のみです。

さて、具体的な語尾の話です。《PERFECT語幹》には専用の h2e-語尾という活用語尾のパラダイムがあります。《PRESENT語幹》《AORIST語幹》には、時間によって使い分ける2種類の語尾があります。Ringe(2017)では、現在時を表す Primary語尾と、過去時を表す Secondary語尾というパラダイム名を用いています。

動詞の語尾と時制

《PERFECT語幹》
h2e-語尾

《PRESENT/AORIST語幹》
・Primary語尾(現在時を表す)
・Secondary語尾(過去時を表す)

動詞は《語幹》+語尾で1つの定形動詞をつくります。例えば、次のようになります。

《PRESENT語幹》+Primary語尾
現在時未完了相
※英語の時制でいう、現在形や現在進行形に近い表現。

《AORIST語幹》+Secondary語尾
過去時完了相
※英語の時制でいう、過去形に近い表現

こういった感じです。時間性を表すのは語幹ではなく語尾である点が現代英語に慣れている人からするとすこし受け入れがたいかもしれません。語幹で動詞の相を区別するロシア語などの言語に触れたことがある人は、やや納得しやすいかも。すべての語幹にすべての語尾がマッチして使える訳でもなかったとされています。例えば、動作を外側から全体として捉える《AORIST語幹》と、現在という今の時点(内側から出来事を捉える視点)を含むPrimary語尾は、一緒には使いません。このへんもギリシャ語がわかると受け入れやすいです。

《PERFECT語幹》につく語尾は1種類で、態の区別はありません。一方、《Present/AORIST語幹》につくPrimary/Secondary語尾は、中受動のときはそれぞれまた違う語尾でその態を表します。

Primary語尾は接続法に、Secondary語尾は希求法にも用いられた可能性が指摘されています。

stative – resultative – past

《PERFECT語幹》の変遷

このページの最後に、《PERFECT語幹》のその後の変遷について考えておきましょう。

《PERFECT語幹》とは、その名とは裏腹に、《stative》(静的な状態)を表すのでした。現代英語で「完了」といいながら、状態動詞的に使われる表現は思いつきません。ただ、イギリス英語の I’ve got (=I have) などは、形は(英語内における)完了ですが純粋に《stative》状態に近い形で使われているような気がします。

後期印欧語ではこの《stative》が、次第に「動作の結果」である《resultative》を表すようになっていきます。例えば、I have lost my watch. などいうときの、「動作の結果状態」をあらわす完了形です。さらにそこからゲルマン語に入る段階では、《simple past》「単純過去」を表すようになりました。そういうわけで、ゲルマン語の過去形は印欧語の完了形に由来するといわれます。

印欧語の《PERFECT語幹》

静的状態《stative》

結果状態《resultative》
↓(ゲルマン語では)
単純過去《simple past》

Q
ギリシャ語での確認

BC8世紀頃のホメロスのギリシャ語ではギリシャ語の完了形は《stative》が主であったのに対し、BC5世紀頃のアッティカ方言(普通「古典ギリシャ語」といえばこれを習います)では完了形が《resultative》になっています。同じような方向の変化とされます。

Q
ラテン語とフランス語での発展

印欧語の《PERFECT語幹》は、ラテン語の完了形に受け継がれ、それはフランス語では単純過去形に受け継がれます。その後、フランス語ではいわゆる「完了表現」(have + 過去分詞のような)に由来する複合過去時制を、日常的に過去を表すために使い始めます。完了→過去は言語の変化の至る所で観察されるわけです。どうようにドイツ語やイタリア語でも《have/be+過去分詞》を一般的な過去で使うことができます。

これはもう少し厳密にいうと、印欧語から直接引き継がれた強変化動詞と過去現在動詞は印欧語の《PERFECT語幹》をつかった表現から流れ着いてるということです。

強変化動詞と過去現在動詞については以下の記事を参照。

英語本来の動詞の種類を知っておこう【ゲルマン語の動詞について】
英語本来の動詞の種類を知っておこう【ゲルマン語の動詞について】
Q
「状態⇔完了」を受け入れるために

「完了」が「状態」を表すという受け入れがたい現象を考えるために、ちょっと寄り道します。英語の can は過去現在動詞という動詞群で、もともと印欧語の《PERFECT語幹》を含む形態に由来します。

先述の通り、印欧語の《PERFECT語幹》×《stative》はゲルマン語では過去形になります。そして、can はもともとある動詞の過去形に由来します。古英語の cunnan「知っている」という know のような状態をあらわす動詞でした。「知っている」という典型的な状態動詞は、古英語の cunnan, 現代ドイツ語の wissen や古典ギリシャ語の oida など、すべて印欧語の《PERFECT語幹》×《stative》に由来します。そもそも、「知っている」という状態が起きるためには、どこかで「知った」という出来事があって、その結果状態としておきるからです。

「状態」「前の出来事の結果」「過去の出来事」は、このように相互に乗り入れが起こりやすいのかもしれません。

参考文献
  • Salmons, Joseph (2018); A History of German – What the past reveals about today’s language, 2nd Ed. Oxford University Press
  • Ringe, Don (2017); From Proto-Indo-European to Proto-Germanic, 2nd Ed. Oxford University Press
印欧語・ゲルマン語全般に関する推薦書
印欧語・ゲルマン語全般に関する推薦書

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yarusena
yarusena
巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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