ロータシズム(R音化)について【ゲルマン語の音の変化】

imaizumisho

「フリーザ」と「フリーレン」という2人のキャラクターに観察される、音の変化について解説します。

有声音の [z] が [r] の発音に変化するのが「ロータシズム (rhotacism):R音化」という現象です。北西ゲルマン語では、個別的に幅広く起こりました。

次のドイツ語と英語を比べてみてください。

「凍る」
E. freeze[z] ⇔ G. frieren[r]

「鉄」
E. iron[r] ⇔ G. Eisen[z]

[z] と [r] がそれぞれの言語で対応しているのがわかります。「凍る」の動詞は古英語と古高ドイツ語というお互いの古語を比べてみると、事情がよりはっきり見えてきます。

古英語(OE)と古高ドイツ語(OHG)での動詞の変化

原形ー第1過去/第2過去ー過去分詞

「凍る」
OE: freosan-freas/fruron-froren
OHG: friosan-frus/frurum-gifroran

古ゲルマン語の過去形は単数主語(2人称を除く)のときの「第1過去」と、複数と2人称単数主語のときの「第2過去」の区別がありました。究極的には印欧語の異なる語幹に行き着く差異とされます(諸説あり)。古語の形を見ると、前半2つの語形では <s> の文字で、後半2つは <r> の文字です。この変化が起きた背景には、無強勢母音に続く [s] が [z] に有声化し、さらに [z] が「ロータシズム」を被って [r] に変化したからです。この背景にあったのは、ゲルマン語で第1音節強勢が確立する前の自由アクセントの時代に、ヴェアナーの法則という /s/>/z/ の有声化でした。

「凍る」の語形変化で言えば、現代英語では [z] 系統が他の語形にも広がり freeze-froze-frozen という変化に落ち着きました。一方、現代ドイツ語では [r] 化した系統が他にも広がり frieren-fror-gefroren という変化になりました。

英語の be動詞の過去形は今でも第1過去と第2過去を区別する唯一の動詞で、was/were と [z] vs [r] の対立が見て取れます。ちなみにこれにあたるドイツ語は war/waren です。ドイツ語はやはり [r] の広がりが見えます。

Q
「フリーレン」と「フリーザ」

アニメ化もされた『葬送のフリーレン』の主人公フリーレンはドイツ語の動詞 frieren「凍る」に由来すると思われます。ドイツ語版のタイトルはまさに “FRIEREN” となっています。

一方『ドラゴンボール』に登場するフリーザは公式の英語表記は FRIEZA で、これは作者曰く freezer「冷凍庫」から取っているらしいです。野菜(サイヤ人)や果物を統括する立場にしたかったかららしい(Wikipedia)。

現代英語の was/were が同一語と考えられるのと同じで、フリーレンとフリーザというキャラクター名は名前の由来となったゲルマン語の世界で、ロータシズムによって名前を分けた《きょうだい》になりますね。

他にも、英語 lose-lost-lost に対応するドイツ語は、verlieren-verlor-verloren と、freeze⇔frieren と同じような対応が見て取れます。ドイツ語では動詞の変化は [r] が出てくる形が広がりましたが、派生名詞の Verlust「損失」(=英 loss) では [s] を維持しています。別の品詞にR音化が起きる前の音を保存しているのがエキサイティングなポイントです。(ゲルマン語は楽しい!)

ゲルマン語の古語の中でも最も古い姿を保つとされるゴート語では、このロータシズムは見られません。そのためゴート語での “be” に当たる過去形は was/wēsum となり、第2過去でR音化が起きていないことがわかります。

ゴート語を除くと、このロータシズムは幅広く見られました。英語の days(<古英語 dagas) に当たるスウェーデン語は dagar になるように、北欧系の言語では複数形を -r で示すことがよくあります。ゲルマン諸語を勉強するなら、[z]>[r] の方向の変化があると知っておくと学習がはかどるのは事実です。

Q
Grammatischer Wechsel

ここで紹介したロータシズムを含む現象を、ドイツ語では Grammatischer Wechsel と言います。ロータシズム以外にも f > b (英語 v), d > t, h <> g といった子音変化があります。grammatisch という語はここでは「文法の」ではなく、「文字の」という意味です。grammatischer Wechsel の訳語は「子音字交替」となります。(cf. Gk. gramma「文字」)

ドイツ語内に見られる Grammatsicher Wechselの例

Hefe – heben
leiden – gelitten
schneiden – geschnitten
sieden – gesotten
ziehen – gezogen
Reihe – Riege
(sie) waren – gewesen
verlieren – Verlies – Verlust
frieren – Frost

参考文献
  • 清水誠(2024)『ゲルマン諸語のしくみ』白水社

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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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