【祖語 *bhel-¹の世界】光は闇を、闇は光を、それぞれ内包する

imaizumisho

印欧祖語から現代英単語を考えると、思いもよらぬところで単語同士のつながりが見えて、はっとすることがあります。遙か彼方の我々の祖先が口にした言葉は濃い霧の中にこだまする言葉のかけらのようで、現代の私たちがはっきりと捉えることはできません。しかしその声によくよく耳を澄ませると、何か、微かな響きの中に、意味を持った言葉の息吹が感じられることがあります。

今回は、印欧語幹 *bhel-¹ について考えてみましょう。この語幹は、光が「バーッ」と輝く様子を表します。時にそれは燃えるように明るい光を帯び、まぶしすぎて目をくらませる、そのような意味を担います。炎 flame, 虚無 bleak … 実に様々な単語が、元を辿るとこの祖語に行き着きます。

英語の「青」は blue ですが、これは古フランス語 bleu に由来し、その前はラテン語ではなく、ゲルマン語の blewaz に行き着きます。さらに遡ると ble-woと形を変えた祖語 *bhel- に行き着くのではと考えられています。青白く輝く様子が現代語の鮮やかな blue につながるまでに、人は世界をどのように捉えてきたのか、答えは闇の中です。

ポッドキャスト番組『英単語WISE UP!』の関連回はこちら。

*bhel-

光の単語と闇の単語

略語一覧
  • F フランス語 French
  • Gc ゲルマン祖語 Germanic
  • L ラテン語 Latin
  • OE 古英語 Old English
  • OF 古フランス語 Old French
  • ON 古ノルド語 Old Norse
  • Spa スペイン語 Spanish

祖語 *bhel- は音位転換を起こして *bhle- の形をまとって現代語へと旅をしていきます。「輝く」のイメージから捉えるゲルマン語の単語です。

blaze 火が燃えている<OE
blond 金髪の<OF. blond < Gc

ラテン語では、*bhle- は fla の音に変化します。ラテン語 flamma「炎」から出てきた現代語です。

flame
flammable 燃える
inflammable 可燃性の、炎症を起こす
flamboyant 派手な
flagrant あからさまな、露骨な
flamingo フラミンゴ(燃えるような色の鳥)<Spa
flambé フランベ<F ※英語では「フランベイ」のように読む。

強い輝きは目をくらませます。光は闇へ、見えざる世界の対極にあるのでなく、地続きであり、互いが互いを含んでいるのです。

blind 目の見えない<OE
blend 混ぜる(違いが見えなくなる)<ON
black 黒 <OE blæc <Gc *blakaz 焦げた

やがて燃え尽きた後に残るのは、不毛な世界です。空っぽ、そして、真っ白。

bleach 漂白する <OE blæcan <Gc blaijan 白くする
bleak 荒涼とした <ON bleikr 白く輝く
blanch 青ざめさせる <OF blanc 白
blank 空白 <OF blanc 白
blanket <OF blanc + et 小さな白いもの

*bhel-

光は闇を含み、闇は光を含む

フランス語で「白」は blanc と言います。Mont Blanc「モンブラン」「白い山」(mont=mountain)という意味です。フランス語ではありますが、この単語はゲルマン祖語 *blenk「輝く」に由来します。

面白いのは、「輝く」から「白」に向かっていく方向と、「輝く」から、燃え尽きる、焦げるを通って「黒」に向かっていく単語が両方見られることです。blanc「白」 と black「黒」 が同じ語源であるというのは、言葉の面白さのすべてが詰まっている気がしてなりません。

冒頭に挙げたように、blue もこの祖語に由来しているとするならば、ラテン語の flavus「黄色い」との関係が指摘されます。bl- と fl- は、どちらも唇を使って発する b-f の音でつながれた、極めて近い関係の音です。blossom と flower が同語源であるように、blue「青」と、その補色とされる flavus「黄色」が同語源であったら…。

色彩をどのように人が捉えてきたかは、現代の尺度で測れないところがあります。言語が変われば色の感覚は変わります。時代によっても変わります。それでも「白」も「黒」も「青」も「黄色」も同じ語源であるとするならば、もう、何を信じたらいいのか、途方に暮れてしまいます。

語学はわからないことだらけの中で、なんとか言葉の意味のかけらを手探りしていく作業です。光の中に闇があり、闇の中に光がある。世界は単純な二元論でできているのでなく、言葉というのは、人間がそうであるように、自己矛盾を抱えて存在するのかもしれません。

だからこそ、言葉の世界に対して blind にならず、常に目を開き、耳を傾ける姿勢が大事だともいえます。お後がよろしいようで。

参考文献
  • Watkins, Calvert (2011), The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots, Houghton Mifflin Harcourt
  • Shipley, Joseph T. (1984), The Origins of English Words – A Discursive Dictionary of Indo-European Roots, The John Hopkins University Press
    [印欧祖語から各現代語に続く変遷を考えるならこの2冊がおすすめ。]
  • Barnhart, Robert K.(1988), Chambers Dictionary of Etymology, Chambers Publishing Limited
    [個人レベルで所有できる語源辞典の中では最高峰の1冊。]


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yarusena
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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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