英語の前置詞の語源はおもしろい

imaizumisho

英単語を暗記する時に、語源を活用する人も多いと思います。どちらかというと、大学入試に向けてラテン語系の難しい単語を覚えるときに語源を手がかりにするような教材が世の中にはたくさんあります。一方で基本単語を語源に立ち返って考えることはあまりありません。しかし基本単語にはその言語のエッセンスがたくさん詰まっている分、語源事情もおもしろいのです。

語源マニア、言語マニアの方はぜひ、各言語の基本語ができるまでの物語に触れてみてください。どうしても話は複雑で難解になってきますが、そこに面白い言語の世界が広がっていきます。

on/in と onto/into

まず、一番基本的な前置詞から見ていきましょう。まず、1000年ぐらい前の古英語では、on/in はほとんど区別なく使われていました。現代語では in を使うところに on を使う場面も多かったです。時代が下っていくと次第に、「接触」を表す on に対し、「内部」を表す in と意味を棲み分けるようになります。この方がやはり便利です。一つの単語が意味を担いすぎるとそれを分担しようという意識がはたらくのは自然なことです。

さらに、古英語では「場所」のときと「移動」のときで、同じく on を使い、後ろに来る名詞ので両者の違いをあらしていました。これはドイツ語やロシア語など、格変化が残る言語では割とどこにでも見られる現象です。英語では名詞の格変化が古英語の終わりにほぼ完全に失われてしまったので、移動を明示するために onto/into という新たな単語で示すようになりました。文法的に表現していたことを語彙的な表現に移行するこういった変化を、専門用語では、脱文法化と言います。

さて、語源は印欧語幹の *en「中に」に遡ります。ギリシャ語、ラテン語、フランス語、ドイツ語など、語派の違う多くの言語で、en~in の形で残る単語です。

by

by は現代英語の前置詞でもっとも意味が多様な単語の一つです。場所や時間だけでなく、抽象的な物事の関係などその守備範囲は多岐にわたります。

この単語は印欧語幹 *ambhi「?両側から」に遡ります。アンビバレント(ambivalent)などというときのあれです。ambivalent は「二つの価値の間で決心がつかない」という状態を表す英単語です。

古英語には be (bi, by) という綴りで幅広く、「~のあたり」「~に関する」という意味を表していました。また、古英語には ambhi の姿をより強く残す ymb という前置詞もあり、「~の周り」という意味で使われていましたが、現代では廃語となりました。おそらく後述の about が単語として確立していったことと関係していると思われます。ドイツ語では今でもこの同族語の um という前置詞が大活躍します。ギリシャ語 amphi-, ラテン語 ambi- は専門用語などによく見られます。(e.g. amphibian「両生類」, ambiguous「曖昧な」)

こう考えると、英語の by の本質には、「何かの周辺」「何かのそば」という意味が根底にあると考えて良さそうです。

He is standing by the window.
彼は窓際に立っている。

が意味の中心で、そこから by tomorrow「明日のそば」→「明日まで」など意味を拡張していったと考えるといいでしょう。受動態と共に現れる「行為者の by」(~によって)も、動作の近くにいる存在であると考えると合点がいきます。(ただし、この意味では古英語においては of, from の元になった単語を使う方が一般的でした。)

for/from

この前置詞もやはり本来は場所を表す単語に由来します。印欧語 *per 「前方に、前に」がその根っこです。そう考えると、before, first といった、時間・順番が「前」を表す単語との結びつきも見えてきます。前に移動するとき、その出発点に着眼するなら、それは from にもつながっていきます。for と from はいわば表裏一体の関係であったのです。

「~から」という from の意味は、論理的には原因と結びつきやすいです。「痛みから、歩行困難」→「痛みによる歩行困難」のように、なにかの理由を表す際、英語では古英語の時代から現代語まで、変わらず for を使ってきました。therefore, for this reason「この理由によって」 は論理的には結果に対する原因、つまり出発点を述べています。

「時間的に前」というところに着眼するなら、ゲルマン語系の /f/ はラテン語系の /p/ に対応するので、per-, pre という接辞と結びついてきます。first は英語における fore「前の」の最上級ですが、prime はラテン語における同族語の、ラテン語における最上級に由来します。

そんなこんなで、for, from, before, forward, far, foremost などはすべてゲルマン語内での同族語です。ちなみに before の be- は先ほどの by の古語に相当します。

さて、この for は英語内での接頭辞としては、forget, forgive などにわずかに残っていますが、ずいぶん意味が抽象化されてしまっており、よくわかりません。おそらく、for- は「分離、破壊、完了」を意味したとされます。そうであれば、ドイツ語の ver-, ラテン語の dis- と同語源となります。

to

to はゲルマン語内では幅広く見られる前置詞です。ラテン語系では接頭辞の de-「離れて」に相当すると考えられています。「離れる」が「~へ」という動作の向かう先を表すにはやや距離が遠い気もしますが、移動のスタート地点と向かう先は同時に規定されるので、納得できるような・・・。(むりやり。)

of/off/after

of は元々 off「離れて」の弱形です。古英語では、「~から」という現代語の from のような意味でよく使われました。ギリシャ語の apo「離れて」、ラテン語の ab「離れて」という前置詞と同語源です。

deprive A of B, rob A of B「AからBを奪う」といった表現は、現代英語ではやや隅に追いやられた語法にも見えますが、of 本来の「分離」の意味を色濃く残しています。一方で、古英語の格変化の衰退と共に、of は古語の属格という、所属や属性を表した格の代わりに使われるようになります。

さて、ゲルマン語内で、of に比較級語尾をつけてできたのが after です。時間的に「より離れて→後に」と意味が変化しています。P-F仲良し関係(グリムの法則 or ゲルマン語第1次子音推移)に着目すると、ラテン語系の post「後に」もこれと同族語となります。

but/except

but は現代語では接続詞としての用法が多いですが、「~を除いて」という前置詞の意味もあります。古英語ではこの「~を除いて」という意味が中心で、「しかし」は別の語が主に使われていました。

さて、but は私にとって古英語の面白さにはまるきっかけになった単語です。この単語は基本単語ですので、それ以上の要素に分解できないように見えますが、実際には現代語の by + out の複合語です。古英語では out は ut と綴っていたので、but は古語の姿をより色濃く残しています。同じように、現代語 house の古英語形は hus でした。husbandという単語の中に、この古い形と同じものが見られます。

but は by+out なので、「~の外側で」ということです。古英語では「~を除いて」や「~でないなら」という意味でした。「~を除いて」という意味で現代でも使うことはありますが、同様の意味ではラテン語系の except を使うこともあります。この接辞 ex- はやはり「外に」という意味ですので、ut と意味的に対応しているところが面白いポイントです。

「~を除いて」が「しかし」という意味になっていくのも納得できますね。

I saw everyone but Tom.
トムを除いてみんなに会った。

I saw everyone but I didn’t see Tom.
みんなに会ったけど、トムには会わなかった。

なんとも自然な意味の変遷です。

about

この語は、3つの要素の複合語です。about の本質は「何かの周りに」です。そこから逆算していきましょう。

about=on+by+out

という図式ができてきます。「何かを中心として、その外側(周辺)あたりにおいて」という感じで理解できます。先述したように現代語の about や around の意味では古英語では ymb という前置詞を使うことも多かったです。しかし、やがて about の方が最も多く使われるようになりました。

ここでは、a- は on に相当します。on が弱くなった結果 a- という接頭辞になってしまう例では、alive (on+life), away (on+way) などいくつかあります。

around

比較的新しい前置詞です。中英語の時代に登場しました。語源はずばり、on + round です。

along

about の a- は on だったので、along の a- も同じだ!と考えたいところですが、そうはいきません。実際、英語における a- は実に様々な単語に由来します。

along の古英語形は andlang という形でした。現代ドイツ語では entlang というわかりやすい形が生き残っています。この and-/ent- は「~に対して」という語根に由来します。たとえば、ギリシャ語では anti- という接頭辞です。日本語でも「アンチ」というので「~に反して」という感覚はなじみやすいかもしれません。

andlang (along) は「長いところに対して」という感じで捉えるとよいでしょう。answer の an- もやはり同じく「~に対して」という意味です。

この接辞は「除去」を表す un- という接辞と同語源とも言われています。英語では undo, uncover などに見られますが、「否定」の un- と実際にはかなり混同されています。

across

通常 along とセットで出てくる前置詞の across ですが、こちらは英語本来語ではなく、フランス語由来です。そして究極的にはラテン語の IN + CRUX (cross) に行き着きます。十字架のイメージが移動の意味とわかりやすく結びついています。

against

古英語では ongean という綴りで「~の反対に、もう一度」という意味を持っていました。つまり again と同語源です。gain の部分はドイツ語の gegen「~に対して」と同じです。サッカーで「ゲーゲンプレス(Gegenpress)」という用語があります。a- はやはり on です。

again-s- の由来は always, sometimes と同様、古い属格語尾で、-t が付加されたのは最上級との混同の可能性が指摘されています。他にもamongst, midst などに見られる語尾です。

with/without

with というと現代語の感覚では「~と共に」という意味で、仲良しの対象を指しますが、古英語では真逆です。「~に対抗して」「~に向かって」という敵意むき出しの語彙でした。withdraw「引き出す」や withstand「に耐える<に対して立つ」はかすかに古い意味を残しています。without も「with の否定」というよりは、古英語で「~に対して(with)外側に(out)」という考えの単語に由来します。ドイツ語の wider はこの「~に対して」という意味を現代まで保っています。

この単語は中英語の期間をかけて、大きく意味が変化した単語です。「~と共に」で使われていた古英語由来の mid (現代ドイツ語 mit)が使われなくなる一方で、周辺言語の影響を受けながら現代の「共に」という意味にシフトしていきました。意味変化の変遷は「~に対して戦う」→「~と戦う」→「~と一緒に戦闘行為をする」という感じで起きていったと考えられます。

参考文献
  • The Cambers Dictionary of Etymology (1988), Cambers
  • Watkins, Calvert (2011): “The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots” 3rd Edition, Houghton Mifflin Harcourt
  • 清水誠(2024):『ゲルマン諸語のしくみ』白水社

印欧語・ゲルマン語全般に関する推薦書
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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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