【祖語*bhel- / *bhleu- の世界】珠のごとく、膨らんで、言の葉
印欧語源 *bhel-² は「膨らむ」という意味を持ち、そこから「球体上のもの全般」を表すように広がっていきます。ball や bowl も同じ語源で、ここから派生しています。この語幹は枝葉を広げるように様々な語彙に広がっていき、膨らむ「花」flower, blossom につながり、さらには「膨らみ、あふれ、流れ出る」という語彙を形成していきます。行き着く果ては、fluent, influence などです。
ポッドキャスト番組「英単語WISE UP!」の関連回はこちら。
- F フランス語 French
- Gc ゲルマン祖語 Germanic
- Gr ギリシャ語 Greek
- Ita イタリア語 Italian
- L ラテン語 Latin
- OE 古英語 Old English
- OF 古フランス語 Old French
- ON 古ノルド語 Old Norse
- Spa スペイン語 Spanish
この印欧祖語シリーズでは、一般の英語学習者にとって特に重要度が高いと思われる単語を青字で示しています。それ以外の単語は、英検1級・C1レベル以上の上級単語です。
丸々、膨らむ
祖語 *bhel-² は「膨らむ」です。丸々した物体ができていきます。ぷっくり膨らんだものは、「大胆さ、力強さ」へとつながっていきます。
bowl ボウル < OE bolla
bole 木の幹<ON bolr
bulk 容積;大きさ<ON bulki「積み荷」※ the bulk of で「~の大部分」
ball ボール<OE beall
balloon バルーン<Ita. dialect. ballla ボール
bold 大胆な< OE bald, beald
bawdy みだらな、卑猥な <古サクソン語 bald 大胆な
folly(正式)愚かさ
fool 愚か者<頭が空っぽ< L follis ふいご、膨らんだ球体
bold「大胆な」はドイツ語のbald「まもなく、すぐに」と対応しますが、英語の方が古い意味を残しています。
英語の bald「禿げた」は語源がはっきりとわかっていません。*bhel-¹「輝く」の派生語なのか、*bhel-²「膨らむ」の派生語なのかは証拠が不十分で特定できません。どちらであったとしても現代語の意味と、鮮やかにはまりそうではありますが・・・。
言の葉開く、花開く
「膨らむ」は「栄える、花開く」とつながっていきます。「葉」のラテン語 folium, 「花」のラテン語 flos, 「花咲く」の古ノルド語 blom はすべてこの根っこから伸びて広がっていきました。
ゲルマン語系の blo- は、ラテン語系では flo- になります。bもfもどちらも唇を使って発音するので、これらの文字はとても仲良しなのです。そう考えると、blossom と flower が同語源であることも納得できます。
foliage 葉<L folium 葉
folio 二つ折り紙[版]
portofolio ポートフォリオ
blow 花開く<OE blowan ※ 通常「風が吹く」の意味で使うので、blow のこの意味は古風。
bloom 開花;開花する<ON blom, blomi 花開く
blossom 果樹の花<OE blostm, blostma
flora 植物相<L flos, florem「花」
floral 花模様の、花のような
flower 花
flour 小麦粉
flourish 花開く、繁栄する
millefleur 千本の花;色とりどりの <F mille 千 fleur 花
英語の flower はフランス語由来です。英単語では、母音間に -u- の綴りは許されないのでkの綴りになりました。
○ flower
× flouer cf. flourish
flour「小麦」は flower から分岐した単語で18世紀に使われるようになりました。この2語の発音はまったく同じです。
blossom は英語本来語ですが、bloom は北欧由来です。これだけ似ているのに直接派生していないところが歯がゆいですが、語源とはそんなもんですね。ドイツ語の Blume「花」は英語のblossom の仲間であることは明らかです。かつてウルトラマンレオに「シルバーブルーメ」という悪役(?)が登場する伝説のトラウマ回がありました。
millefleur「ミルフルール」は漫画『ワンピース』のニコ・ロビンというキャラクターの技の名前になっています。ハナハナの実を食べた彼女らしい名前です。ちなみに、mille-feuille「ミルフィーユ」というと、お菓子の名前ですが、文字通りでは「千枚の葉」という意味です。あの質感の食べ物を爽やかに表す、なんとも気の利いた名前です。そして、フランス語の feuille「葉」もラテン語 folium「葉」に由来するので、ここででてきた単語たちと同族語です。
さて、「花開く、膨らむ」の blo- は「膨らんで、破裂して、流れ出る」につながっていきます。人間の体から流れ出るものは、「血」です。
blood 血<OE blod
bleed 流血する< OE bledan
bless 祝福する< OE bletsian 祝福する<Gc *blodison 血を捧げ神聖なものとする
blade < OE blæd 葉、刃
英語ではくしゃみをした人に対して “bless you!” と言います。「神が祝福してくださいますよう」ぐらいの意味ですが、それが「血」のblood とつながっているところが面白いです。blood という単語は英語の発音としては例外的なのですが、なぜこの単語が例外的な発音になってしまったかは以下の記事で解説しています。
膨らみ、溢れ、流体の性
「膨らむ」の bhel-³ は、さらに形を広げ、*bhleu という祖語を経て現代へと別の支流から流れ着いたとされています。こちらの意味は、「膨らむ→氾濫する」です。
bloat 膨らむ< Gc(?) *blaut, ON(?) blautr 柔らかい湿った
blo- の音が、ラテン語系ではやはり f を使って flu– となります。おなじみの単語もいくつか含まれます。
fluctuate 変動する
fluent 流れるような
fluid 流体
flush 水をさっと流す
flux 流転、変化
affluent 裕福な<溢れんばかりの
confluent 川などが合流する
effluent 廃水、廃液
fluoride 硫化物
influence 影響
influenza インフルエンザ、流感
influx 流入
mellifluous 流れるような、なめらかな<melli 蜂蜜
superfluous 余分な
雨、流れて、洪水
ラテン語 fluere の流れで、ついでに紹介しておきたい印欧語幹があります。これまでに示した語幹と直接的に関連はないのですが、*pleu-「流れる」というものがあります。フランス語で「雨が降る」は pleuvoir ですが、この関連語です。p-f はどちらも唇を使って発音するので、いつだって仲良しです。だから、本来語の flow, flood につながっていきます。
flow 流れる< OE flowan
flood 洪水< OE flod
Pluto プルート、冥王星< Gr ploutos 豊かさ<あふれ出る
flow, flood は英語本来語ですが、ラテン語由来の fluent などとセットで覚えるのが合理的だと思います。語源的に関連はなさそうですが、学習においてはこちらの方が便利ですので。
Pluto はローマ神話における冥界の王の名前です。ギリシャ神話では Hades と言います。冥王星は 2009年に惑星から除外されました。洪水のように「溢れる富」が転じて冥王となりました。
さらに、祖語 *pleu- は音韻転換(lと続く母音の交代)を起こして、水の流れだけでなく「空気の流れ」をも表現します。空気が流れる場所は「肺」です。
pulmonary 肺の<L pulmo 肺
pneumonia 肺炎< Gr pneumon[pleumon] 肺
さて、話はこれで終わりではありません。実はこの語幹はさらに「空を流れるように飛ぶ」という発想で fly などの単語につながっていきます。しかし、今回はこれまで。また次回、これについては詳しく扱いましょう。
- Watkins, Calvert (2011), The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots, Houghton Mifflin Harcourt
- Shipley, Joseph T. (1984), The Origins of English Words – A Discursive Dictionary of Indo-European Roots, The John Hopkins University Press
[印欧祖語から各現代語に続く変遷を考えるならこの2冊がおすすめ。] - Barnhart, Robert K.(1988), Chambers Dictionary of Etymology, Chambers Publishing Limited
[個人レベルで所有できる語源辞典の中では最高峰の1冊。]