ノルマン・コンクエストがもたらしたもの【英単語を本気で覚え始める前に知っておきたいこと②】

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英単語学習は、とかく根性論を前提とした暗記活動になりがちです。もちろん、最終的に暗記は絶対に必要ですし、気合いと根性で乗り越えなければならない場面もあります。しかし、言語の根底には明確な理論が流れています。言葉のしくみをしっておくと、単調に思える語彙学習も立体的に、覚えやすく忘れにくく、未知語にも対応できる柔軟なシステムを作っていくことができます。

今回は英語史の重大事件から、英単語を覚えるとははどういうことかに迫ります。

むか~し昔。とは言ってもマンモスが大地をのさばっていた頃よりはずっと最近のこと。今より2000年ぐらい前、ヨーロッパにはローマ帝国という大帝国がありました。帝国は圧倒的な軍事力で版図を広げ、ヨーロッパのみならず、アジア、アフリカの一部まで支配するようになります。そんなローマ帝国の公用語はラテン語でした。偉大な言語遺産であるラテン語は、紀元1世紀ごろのラテン文学黄金時代を経て、長らくヨーロッパ世界の学術・教会分野の公用語となります。

さて、伏線を張っておいたところでここから英語の話です。英語は北海にちょこんと浮かぶ島、グレートブリテン島でその産声をあげます。はじめ、そこにはケルト人が平和に暮らしていました。きっと『ロード・オブ・ザ・リング』のホビット族さながらの穏やかな日々を営んでいたことでしょう。そんなブリテン島ですが、強大なローマ帝国はこの島の一部も支配下に入れてしまいました。この島は大陸から距離も近く、現在のフランスからも北欧からも簡単にアクセスできる場所にあります。そのため、いろいろな民族がこの島に押し寄せては支配して・・・といったことを繰り返していくわけです。

ローマ帝国も滅びてしまって、やってきたのはゲルマン人。「ゲルマン民族の大移動」なんて世界史で習います。ここからが本格的な英語の歴史の幕開けです。

ブリテン島に上陸したのはゲルマン民族の中でも、アングル人とサクソン人というグループでした。この人たちが「アングロサクソン(Anglo-Saxon)」という「英語」の古い呼び方のもとになりました。そして、この時期の英語が古英語(Old English)と呼ばれる英語です。古英語で書かれたもっとも古い文献は、『ベオウルフ』(Beowulf)という叙事詩です。これが700年頃の作品と言われています。(古英語は日本語にとっての古文のようなものです。日本で最初の仮名文学と言われる『竹取物語』はこの少し後で、9~10世紀頃の成立とされています。)

Beowulf

Hwæt! We Gardena in geardagum

þeodcyninga, þrym gefrunon,

hu ða æþelingas ellen fremedon,

Oft Scyld Scefing sceaþena þreatum,

monegum mægþum, meodosetla ofteah,

egsode eorlas.

引用元:片見彰夫、川端朋宏、山本史歩子 他 (2018)『英語教師のための英語史』開拓社 p36-37 一部長音記号などを省略

9世紀頃になると、北欧からヴァイキングが襲来し、北欧系の単語が英語に流入していきます。北欧で話されている言語は北ゲルマン語の古ノルド語といって、英語からしたらいわば兄弟言語です。そのため、日常語を中心に、多くの単語が、抵抗なく北欧から入ってきました。例えば、英語の shirt「シャツ」という単語の北欧系のヴァリエーションが skirt「スカート」です。これらは元々同じ単語で、どちらも印欧祖語の「切る」という意味の単語から派生しています。外来語が流入すると、あるときは片方が消滅し、またあるときは意味を縮めたり変えたりしながら、微妙なニュアンスの違いを担って共存していくことになります。

いろいろありましたが、1000年ぐらいまでは英語はゲルマン語の枠内で、さまざまな交流をしていたと言ってもいいでしょう。この時期までの英語は現在のドイツ語や北欧の言語と見た目上結構近いです。ドイツ語がわかると古英語はかなり短時間で身につけることができます。そんなゲルマンの荒々しくも素朴な風貌を保っていた古英語ですが、11世紀に大きな転換を迎えます。

1066のこと、フランスのノルマンディー地方から、ノルマン人がブリテン島に襲来しました。時のフランス王は、ヘースティングスの戦いでイングランド王ハロルドを破り、英国王として即位します。世界史ではノルマン・コンクエストと習う出来事ですが、これがイングランド史においても、そして英語の歴史においても大事件だったわけです。それはもう、現代のドラゴンクエストの新作発売よりもずっと大きな出来事でした。

これ以降、大量のフランス語系、ラテン語系の語彙が英語に流入することになります。このため現代英語は、本来ゲルマン語でありながら、語彙面ではフランス語・ラテン語系統であるかのように姿を変えていきました。前回の記事【英単語を覚えるのはなぜ大変か】で紹介したラテン語系統の単語は、この事件以降英語に流入した語彙です。現代では英語の総語彙の5割はフランス語・ラテン語系の語彙と言われています。 我々が大学受験に向けて身につけるような単語の大部分はラテン語系の単語です。英語の語彙を身につけるということは、実質2つの言語の語彙を勉強するのと同じぐらいの労力が必要になります。すべてはこの、ノルマン・コンクエストの功罪です。学習者からすると迷惑な話ですが、英語は言語としての豊かな表現を、豊富な語彙に支えられていると考えることもできるでしょう。

一般的な語彙学習において、特にB1レベル以上(大学入試レベル)の段階では、その単語がゲルマン語由来の英語本来語か、ラテン語系の外来語(専門的には借用語)かを知っておくことは極めて有用です。ゲルマン語の単語には、ゲルマン語の綴り・派生のルールがあり、ラテン語系にはラテン語系のルールがあります。もちろん、長い歴史の中で両者が混ざり合ったりもしています。外国語学習者が英語の複雑な語彙を体系化して行くには、この知識がものをいうわけです。

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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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