語学においてパラフレーズは大切。なぜなら、人生はパラフレーズだから。

imaizumisho

「パラフレーズ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。簡単に言うと、「言い換え」表現のことです。語学の分野ではとっても重要な能力のひとつです。リーディング・ライティング・スピーキング・リスニング、どれにとってもこのパラフレーズ力がものをいいます。

※ この記事は『(旧)やるせな語学』(2018年10月)に投稿されたものを、加筆修正したものです。

リーディング・リスニングでも大切だけど

語学試験において、リーディング・リスニング試験では、問題文に対する設問は、基本的には本文をパラフレーズしたものです。選択式の内容一致問題なら、本文をうまくパラフレーズしたものが答えとなるわけです。選択肢に本文がそのまま使われるわけなどないので、正しい選択肢が本文のパラフレーズであることは言わずもがなだと思います。

リーディング・リスニングにおいて、パラフレーズが重要であることはもちろんそうなのですが、なによりこの力がものをいうのは、ライティング・スピーキングのアウトプット活動です。

ライティング――幅広い表現へパラフレーズ

ライティングにおいては、文章に様々なバリエーションを使うことで、より「よい文章」といった印象を読者に与えることができます。英検やIELTSなどのライティング試験では、評価観点に、《構文や語彙において、幅広い表現ができているか》というものがあります。この、幅広さ、というものを生み出していくのに必要なのが、パラフレーズ力というものです。

インターネットが私たちの生活を変えた」ということを表現するときに、ある程度英語力がある人なら、次の文が真っ先に思いつくでしょう。

The Internet changed our lives.

しかし、自由英作文をする場合は、使う表現や文型に制約はないため、文脈によって、様々な文を使うことができます。同じような文構造や語彙が連続している場合は、違う表現を使うことによって、よりしっかりとした構成の文章になります

上の文と似たような内容を別の言い方で表現するならどういった言い方が思いつくでしょうか。全く同じような意味を表すと考えると苦しいので、似たような内容をもった別の表現と考えるといいでしょう。

  1. The Internet has changed the way we live.
  2. The Internet has made our life different.
  3. The Internet has affected our way of living a lot.
  4. The Internet has brought about a radical change to our lives.
  5. Thanks to the Internet, our lives have changed a lot.
  6. Because of the Internet, people have experienced significant changes in their lives.
  7. Today, it is almost impossible to live without using the Internet.
  8. Without the Internet, our way of living would be completely different.
  9. The Internet has provided us with a wide variety of ways of living.

同じような内容を持った文でも、文脈に応じて、様々な文型や語彙を使えるようになることが、文章上達のコツなわけです。

次の日本語を考えてみましょう。

① 吾輩は猫である。

② 名前はまだない。

③ どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。

④ 何でも薄暗いじめじめした所でニヤーニヤー泣いて居たことだけは記憶して居る。

⑤ 吾輩はここで始めて人間というものを見た。

言わずと知れた夏目漱石『吾輩は猫である』の冒頭です。(便宜上、仮名遣いや漢字を現代語に改めています。)

この文が、次のようだったらどうでしょうか。

吾輩は猫である。

吾輩は名前がまだない

③ どこで生まれたかとんと見当がつかない

文章として、なんだか、しっくりこない感がないでしょうか。①②の文で「吾輩は」という語が同じように繰り返されていますし、②③はどちらも「ない」で文章が終わっています。同じような語彙や文型を繰り返しすぎる文の「読みにくさ」はこういったところにあります。オリジナルと比べてみてください。

漱石の文章では、③ではあえて「ぬ」で文を終えることで、前の文との少し違いを出しています。

文の長さを比べてみましょう。

①〔短〕 吾輩は猫である。

②〔短〕名前はまだない。

③〔中〕どこで生まれたかとんと見当がつか

④〔長〕何でも薄暗いじめじめした所でニヤーニヤー泣いて居たことだけは記憶して居る。

⑤〔中〕吾輩はここで始めて人間というものを見た。

印象的な2つの短文で始まり、徐々に文を膨らませて、⑤文で落ち着けます。こうすることで、文章に独特のリズムが出ています。

各文の時制を見ていましょう。

① である 現在

② ない 現在

③ ぬ 現在

④ いる 現在

⑤ 見た 過去

物語は過去形で語られることが多いのですが、猫が目の前で語っていることを印象づけるために、最初の4文は現在時制です。⑤は、①と同じく「吾輩は」で始まるとともに、⑤文めでようやく過去形が使われて、そこから猫の物語が始まっていくわけです。それを踏まえてもう一度、漱石の文を見てみると、よい文章、よみやすい文章のエッセンスが詰まっているように思えませんか。

吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニヤーニヤー泣いて居たことだけは記憶して居る。吾輩はここで始めて人間というものを見た。

日本語の作文でもそうですが、英語のライティングでも同じです。文の長さ、文型、語彙などで全体のバランスをとりながら、必要に応じてパラフレーズをしながら書いていく必要があるのです。

スピーキング――言語の壁を越えるパラフレーズ

パラフレーズ力というのは、スピーキングにおいても重要です。外国語を話すとき、どう言うか分からないことに出会ったら、脳内で瞬間的にパラフレーズすることができたら、ほとんど止まらずに英語を話すことができます。英語を話すことにそれなりの自信がある人は、意識的だろうが無意識だろうが、このパラフレーズ力に長けた人が多いです。

日本に来た外国人に、あるとき、「京都が日本の首都だったのに、どういしていまは東京が首都になったのか」と聞かれたことがありました。

京都は1000年間、天皇が住んでいる場所でしたが、明治維新で東京が首都と定められたのだということを説明するときに、ふと、「明治維新」をどう説明するかで迷いました。

明治維新=Meiji Restoration

と言ったところで、多くの外国人にはピンとこないでしょう。だから、そこで、Meiji Restorationという用語をパラフレーズしてあげるわけです。

Meiji Restoration, or 19th century political change that established the modern government

といったことを解説することで、相手に「伝える」ことができます。

大学入試で和文英訳を経験した人は、「和文和訳」ということを練習した人も多いと思います。英語に訳しにくい日本語を、訳しやすい日本に解釈しなおす作業です。英語にフィットするように日本語をパラフレーズする作業と考えてもいいでしょう。英会話が瞬間英作文だとしたら、この瞬間的なパラフレーズ力が会話力にもつながるわけです。

「彼は髪が長い」というとき、英語がある程度できる人は、瞬時にHe has long hair. という文が思いつくでしょう。この程度の文でも、はじめは「彼は長い髪を持っている」と意識的にパラフレーズしていたはずです。英語ではこういう、というのをフィルターにして適切なパラフレーズを瞬時にほどこしていくことが、英語の表現力につながるわけです。

同時通訳のトレーニングでは、シャドーイングとパラフレーズをひたすら練習するようです。

まとめ――パラフレーズが大切なわけは…

パラフレーズは大切です。

私たちが使う英語の辞書には通常6万語ほどが収録されています。一方で、ネイティヴスピーカーの語彙力は2万語ほどと言われています。つまり、ネイティヴスピーカーでも辞書にある多くの単語は知らないわけです。私たちが国語辞典を見ても普段使わない、知らない単語が実際にはほとんどな訳です。

それでも、私たちが日本語をつかって世の中のあらゆることを表現できるように、ネイティヴは英語で世界のあらゆることを表現できます。これは直接は言えないこと・知らないことを実際には無意識にパラフレーズしているからです。

よくよく考えると、言葉そのものはパラフレーズの道具であるのかもしれません。「地球は青かった」といった宇宙飛行士は、自分が見た宇宙からの景色を言語へとパラフレーズしたと言えるかもしれません。

そう考えると、あらゆる言葉は、世の中にある(あるいはない)《もの・こと》のパラフレーズだったりするのかもしれません。

人生は、旅である。
生きることは、山登りである。
語学は、やるせない営みだ。

なんでも、パラフレーズといえるかも?なんて考えてしまいますが、どうでしょう。漱石の言葉も、ゲーテの言葉も、しがない語学人間のつぶやきも、そうなのかもしれません。

なんて思索は別にどうでもいいのですが、語学において、パラフレーズ、重要です。

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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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