blood の発音が流血レベルで不規則なわけ
英語の綴りと発音の話。今回は blood です。
かつて、センター試験は発音問題にて幕を開けるのが定番となっており、この blood と flood を、例外的な発音をする単語だと暗記した人もたくさんいましたことでしょう。(私のように。)
通常の英単語において、-oo- の連続は長音の /u:/ もしくは単音の /ʊ/ を表しますので、この blood の /ʌ/ の発音は非常に不規則です。不規則すぎて、きっと多くの学習者がこれまで、心の中で “bloody hell!” と、お美しくもない言葉を叫んだことでしょう。
現在の発音と綴り字が生み出された経緯を探るべく、英語の歴史を遡ってみましょう。
規則的な時代
ヨーロッパからインドにかけて広がる現代語の祖語として想定される、印欧祖語には、「花開く、栄える」を表す *bhel- のような語幹がありました。この派生語には、おなじみのところで言うと、ラテン語由来の flower や英語本来語の blossom、さらには北欧系の bloom などがあります。どれも「花開く」とういイメージから直接的に結びつく単語です。
さて、この印欧語幹は少し形を変えて、*bhlato「膨らむ、ほとばしる」という意味に転じます。「花」の fla- / blo- という音から、「血」の blo- へと音の変化が見られるわけです。
この印欧語幹の音が古英語として伝わったのが、古英語の blod「血」という単語です。現代英語の blood に直接つながる祖先で、ほとんど今と綴りも同じですね。発音は今と違って「ブロード」のように読んでいました。
古英語の -o- の綴りには、「オー」のように長く読むものと「オ」のように短く読むものがありました。古英語 blod の -o- は長く読む部類です。中世ではこの長い -o- は、長音を綴りで表すために -oo- のように書かれるようになりました。
mōna/モーナ/「月」
→ moon
sōna/ソーナ/「すぐに」
→ soon
※ 長音を表すため、綴りは -oo- になり、古英語の語尾-a は脱落。
古英語 blod も中世では blood の綴りになります。そして、この頃はまだ綴りに合わせて「ブロード」と読まれていたと思われます。
綴りはこの時代から今と同じ blood にほとんど固定されていきます。
ここからは波瀾万丈の音変化の話です。「オー」という長母音は、近代に発生した「大母音推移」という音変化によって 「ウー」/u:/ のように発音を変えます。さらにこの音は後に短音化し、短い「ウ」/ʊ/のようになります。その結果、音は次のように変わりました。
blood
/ブロード/
→/ブルード/ 大母音推移
→/ブルッド/ 短音化
現代英単語で、-oo- の綴りをもつ単語は、ほとんどがこのどちらかで変化を終えています。例を挙げましょう。
「大母音推移」で -oo-/u:/となった単語
food, cool, mood, boot, choose, doom, goose, moon, roof, root, school
大母音推移後の「短音化」で -oo-/ʊ/ となった単語
book, cook, hook, look, shook, took, good, hood, stood, foot, wood
こうしてみてみると、/ʊ/のように短音化している単語は -ook, -ood の綴りが多いことがわかります。ということは、この時代の blood も /blʊd/ となり、「ブルッド」と発音されていたことが予想されます。
ここで終わっていたら、good と同じような発音で何ら不規則ではなかったのです。
逸脱していきます
しかし、ここで終わらなかったのがこの blood の発音です。この後、この単語は、さらなる音の変化を経験することで、先に挙げた -oo- を含む単語と決別していきます。
16世紀頃の音変化に /ʊ/→/ʌ/ というものがありました。例えば、cut は「クット」→「カット」になるように発音を変化したということです。この変化は -u- を短音で読んでいた単語のほとんどに起きました。
「ブルッド」のように読んでいた blood もこの変化を受け、「ブルッド」→「ブラッド」のように変化したのです。こうして現代英語の不規則な発音が定着していいきました。
古英語由来の -oo- の綴りを /ʌ/ と発音する単語は、現代英語では blood と flood のみです。
ただし、古英語由来のの一文字の -o- が /ʌ/ の発音になった単語はたくさんあります。brother, month, mother, glove, other, monday, done などです。
「花開く」から「膨らむ、ほとばしる」へと変化。flower, blossom, bloom, folio「葉>文書」, bless「祝福<血を捧げる」, blade「刃<とがった葉」などは、すべてこの語幹に遡る。
「血」の意味で。ゲルマン語の各現代語で見られる。ドイツ語では Blutとなる。現代英語の bless「祝福する」もこの語幹に由来する。「血で印をつける>儀式に供する神聖なものとする」
「ブロード」のように-o-を長音で読んでいた。意味は「血」で、現在まで変わっていない。
「ブロード」の長音を表すために -oo- の綴りに。
「大母音推移」によって「オー」→「ウー」の変化を受ける。
「ウー」が短音化する。-ook, -ood の綴りでよく起きた現象。
-u- の綴りに典型的な /ʊ/→/ʌ/ の音変化を受け手、現代の発音になる。-oo- の綴りでこの変化を受けた単語で現代に残ったのは blood と flood のみ。
- Watkins, Calvert (2011), The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots, Houghton Mifflin Harcourt
- Barnhart, Robert K(1988), The Chambers Dictionary of Etymology, Chambers Publishing Limited
- 大名 力(2014)『英語の文字・綴り・発音のしくみ』研究社