カフカ『変身』をドイツ語で読む 【ドイツ語の特徴と読解ポイントを解説】

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※ この記事は、『(旧)やるせな語学』2019年6月30日に投稿したものに、加筆修正を加えたものです。

フランツ・カフカの『変身』は、日本で最も知られたドイツ文学作品の一つです。非常に有名な出だしで始まるこの小説は、ドイツ語らしさを存分に味わうことができる文章です。今回はその冒頭をドイツ語で読んでみて、ドイツ語の文章に触れてみましょう。

対象はドイツ語の初級文法を習得済み(半分以上は習得した)とういう人を想定しています。

※ この記事は、『(旧)やるせな語学』2019年6月30日に投稿したものに、加筆修正を加えたものです。

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原文

Als Gregor Samsa eines Morgens aus unruhigen Träumen erwachte, fand er sich in seinem Bett zu einem ungeheueren Ungeziefer verwandelt.  Er lag auf seinem panzerartig harten Rücken und sah, wenn er den Kopf eine wenig hob, seinen gewölbten, braunen, von bogenförmigen Versteifungen geteilten Bauch, auf dessen Höhe sich die Bettdecke, zum gänzlichen Niedergleiten bereit, kaum noch erhalten konnte.  Seine vielen, im Vergleich zu seinem sonstigen Umfang kläglich dünnnen Beine flimmerten ihm hilflos vor den Augen.

-Franz Kafka, Die Verwandlung
テキスト引用元:SPIEGEL ONLINE Projekt Gutenberg (https://gutenberg.spiegel.de/buch/die-verwandlung-9760/1)

以上が冒頭のドイツ語原文です。

ぱっと見てみてどうでしょう。初級レベルではなかなか刃が立つような文章ではありませんね。今回は、この文章を通して少しでもドイツ語の文章に触れることを目標にしていきます。

3文からできている段落ですので、各文をそれぞれ考えていきましょう。

1文目

Als Gregor Samsa eines Morgens aus unruhigen Träumen erwachte, fand er sich in seinem Bett zu einem ungeheuren Ungeziefer verwandelt.
ある朝、グレーゴール・ザムザが落ち着きのない夢から目覚めると、ベッドの上で自分が巨大な虫になっているのに気がついた。

語彙

※ 名詞の前のr, e, sはそれぞれ男性・女性・中性名詞を表しています。
※ 名詞に続く( )は複数形です。

  • als (接)~のとき
  • Gregor Samsa (人名)グレーゴール・ザムザ
  • r Morgen(名)朝
  • aus(前)[3格と]~から
  • unruhig (形)落ち着きのない
  • r Traum (Träume)(名)夢
  • erwachen (動)目覚める
  • finden (動)気づく
  • in (前)[3格と]~の中で
  • s Bett (Betten)(名)ベッド
  • zu (前)[3格と]~に、へ
  • ungeheuer (形)途方もない、巨大な
  • s Ungeziefer (名)害虫、害獣
  • verwandeln (動)変身する

さて、文学作品としてもドイツ文学としてだけでなく、世界の文学としてもよく知られた出だしの文です。語彙をヒントに、もう一度本文を見てみてください。内容が理解できるでしょうか。

以下にポイントを述べていきます。

Als「~のとき」
最初のAlsは従属節接続詞で、「~の時」を表します。複文をつくるので、Als節内の動詞は、”… erwachte,” と節の最後に来ています。意味的には、alsは《過去の一時点》を表します。そのため、これから先のことや過去の反復された動作には使えません。

eines Morgens「ある朝」
冠詞と語尾を見ると、2格であることが分かりますね。この2格は「朝の」を意味するわけではなく、「ある朝のこと」と副詞的な意味を持ちます。「副詞的2格」と呼ばれ、主に文章で使われます。

aus unruhigen Träumen「落ち着きのない夢から」
Träumen
はTraum(夢)のどのような形でしょうか。まず、この男性名詞の複数形はTräumeです。語尾の-n複数3格の語尾です。直前のunruhigenも複数3格の形になっています。

fand er sich「自分が~だと気づいた」
fand は findenの過去です。sich は自分自身を表します。「自分自身が~だと気づいた」ということです。

in seinem Bett「ベッドの中で」
in は《場所》を表すときは3格と結びつきます。

zu einem ungeheueren Ungeziefer「巨大な虫に」
zuは「~へ、に」という意味で、3格名詞を取ります。ungeheurは「巨大な」、Ungezieferは「毒虫」です。

verwandelt「変身して」
動詞verwandelnの過去分詞です。文全体では、fand er sich ~ verwandeltという構文で、「自分自身が、~に変身しているのに気づいた」という内容です。

いかがでしたか。有名な文なので、覚えておくと良いことがあるかも。(ないでしょうけど。)

初級段階での読解のポイントは複数3格Träumenの形です。

複数3格の名詞には語尾-nがつく。

(逆に考えると、-n は複数3格を表す手がかりになる。)

単数複数
1格TraumTräume
2格TraumesTräume
3格TraumTräumen
4格TraumTräume

2文目

Er lag auf seinem panzerartig harten Rücken und sah, wenn er den Kopf eine wenig hob, seinen gewölbten, braunen, von bogenförmigen Versteifungen geteilten Bauch, auf dessen Höhe sich die Bettdecke, zum gänzlichen Niedergleiten bereit, kaum noch erhalten konnte.
ザムザは、甲羅のように固い背中の上に仰向けに寝ており、頭を少し上げると、丸く膨らんで茶色い、弓のような形のなにやら固いものに分割されている腹が見えた。その上には、布団がいつ滑り落ちてしまってもおかしくないような具合だったが、かろうじてまだとどまっていた。

2文目は非常に長く、とても難しいです。挿入や関係詞節が駆使されているため、なかなか一筋縄ではいきません。

これがすらすら読める人は相当読める人です。すんなり読めなくても落ち込まないでください。

少しずつ分けていきましょう。

2文目①

Er lag auf seinem panzerartig harten Rücken
ザムザは甲羅のように固い背を下に寝ており、

  • liegen (動)横たわる
  • auf (前)[3格と]~の上に
  • panzerartig(形)甲羅のような
  • hart (形)固い
  • r Rücken (名)背中

ポイントは以下。

lag「横たわっていた」
動詞liegenの過去形です。自動詞で、英語のlie(横たわる)の過去形layにあたります。

panzerartig「甲羅のように」
ドイツ語らしい複合語です。名詞のPanzerは「甲羅」、形容詞artigは「~の性質をもった」という意味です。これがくっついて、panzerartigで「甲羅のような」です。なお、ここでは副詞です。ドイツ語ではこのように、形容詞はそのままの形で副詞として使えます
一方、その後のhartは形容詞です。形容詞か副詞かは、意味上でも判断できますが、形からも判断できます。形容詞は名詞にかかるため、hartenのように格語尾がつきます。一方、副詞変化しないのでなんの語尾もつきません。そのため、panzerartig harten Rückenで、「甲羅のように固い背中」という意味です。

・ドイツ語のほとんどの形容詞はそのまま副詞として使える

副詞は格変化しない(格語尾がつかない)

2文目②

und sah, wenn er den Kopf ein wenig hob, seinen gewölbten, braunen, von bogenförmigen Versteifungen geteilten Bauch
そして、頭を少し上げると、丸く突き出て、茶色い、弓のような形の固いものによって分断された腹を見た

  • sehen (動)見る
  • wenn (接)~すると、~のとき
  • r Kopf (名)頭
  • ein wenig (副)少し
  • heben (動)持ち上げる
  • gewölbten (形)丸く突き出た、アーチ状の
  • braun (形)茶色い
  • von (前)[3格と]~によって
  • bogenförmig (形)弓のような
  • e Versteifung (名) 硬化(したもの)
  • teilen (動)分ける
  • r Bauch (名)腹

wenn er den Kopf ein wenig hob「頭をすこし持ち上げると」
文の途中に wenn節が挿入されています。ドイツ語では節の挿入の前後には必ずコンマが打たれるので、区切りは明確です。

von bogenförmigen Versteifungen geteilten「弓のような形の固いものによって分断された」
geteiltは動詞teilen(分ける)の過去分詞ですね。geteiltで「分けられた」です。そして、ドイツ語では、「~によって」を前置詞のvonで表します。英語と違って、分詞と結びつく前置詞句が分詞の前に置かれることに気をつけてください。

[(von bogenförmigen Versteifungen) geteilten] Bauch

Bauchにかかる形容詞(句)は、
①gewölbten,
②braunen,
③von bogenförmigen Versteifungen geteilten
の3つです。すべてが男性単数4格語尾(-en)で並列されています。

文全体の動詞はsah([ザムザは]見た)です。ザムザは①~③で説明されたような自分の腹を見た、ということです。

分詞が伴う修飾語句は、分詞の前につく

2文目③

(…Brauch,) auf dessen Höhe sich die Bettdecke, zum gänzlichen Niedergleiten bereit, kaum noch erhalten konnte.
その上から、布団が、完全にすべりおちそうになりながらも、何とか落ちずにとどまっていた。

  • e Höhe (名)高さ
  • e Bettdecke (名)掛け布団
  • gänzlich 完全な、全体的な
  • s Niedergleiten (名)滑りおちること
  • bereit (形) [zu ~の]準備ができて
  • kaum noch (副)かろうじてまだ
  • erhalten (動)維持する、保つ
  • können (助動) ~できる

長い文のラストは、これまた長めの関係詞節になっています。そして関係代名詞の2格といういちばん見慣れないやつが、前置詞と組み合わさって出てきています。

auf dessen Höhe「それの高さにおいて」
dessenは男性2格の関係代名詞です。先行詞は前の男性名詞Bauch(腹)です。「その腹の高さにおいて」が直訳になります。

die Bettdecke「掛け布団」
女性名詞で、この関係詞節の主語です。

zum gänzlichen Niedergleiten bereit「完全にすべり落ちそうになりながら」
zu ~ bereitは「~の準備ができて」です。この副詞句が挿入されています。Niederは「下に」、gleitenは「滑る」です。Niedergleitenで「下に滑ること」という名詞です。直訳では「完全に下に落ちることに準備が出来た状態で」といった感じです。Niedergleitenのように、動詞の不定形はそのまま大文字で始めて中性名詞として使うこともできます。

kaum noch「かろうじてまだ」
完全には滑り落ちてないわけです。

sich erhalten「(自分自身を)保つ」
erhaltenは「維持する、保つ」です。sich erhaltenは再帰動詞で「自らを保つ」となります。このAuf dessen Höhe以下の関係詞節は、主語がdie Bettdeckeで、意味上の目的語がsich(4格)です。sichのような代名詞は、主語の普通名詞よりも前にくることに注意してください。「布団が、自らをかろうじて保つ」が直訳です。

konnten「できていた」
関係詞節内の定動詞は、これです。

この文は、全体として非常に長く、かつ構造も複雑なので、正直初心者が読むにはかなり無理があるようにも思えます。ただ、こういった難しい文も解釈を繰り返すとドイツ語文の仕組みがどんどん身についていきます。

3文目

Seine vielen, im Vergleich zu seinem sonstigen Umfang kläglich dünnnen Beine flimmerten ihm hilflos vor den Augen.
彼の多くの、通常の足回りに比べたら嘆かわしいほど細い足が、目の前で為す術もなくちちら動いていた。

  • viel (形) 多くの
  • Vergleich (名)比較
  • sonstig (形)いつもの、通常の
  • r Umfang (名) 周囲の長さ
  • kläglich (形)嘆かわしい
  • dünn (形)細い、薄い
  • r Bein (Beine) (名)足
  • flimmern (動)ちらちら動く
  • hilflos (形)救いのない、途方に暮れた
  • vor (前)[3格と]~の前で
  • s Auge (名)目

Seine ~ Beine「彼の足」
主語は、Seine ~ Beine「彼の足」です。このBeineに対して、2つの形容詞(句)が並んでいます。つまり、①vielen と ②im Vergleich zu seinem sonstigen Umfang kläglich dünnnen が、Beineにかかります。②がとても長いですが、あくまで形容詞dünnnenに修飾語がたくさん付いているだけです。

im Vergleich zu [+3格]で「~と比べて」です。
何と比べてかと言うと、seinem sonstigen Umfang「かれの通常の足まわり」です。

次のような感じで修飾語が重なっています。形容詞の修飾語は、前に前につけていきます。格語尾のつかないkläglichは副詞ですね。

彼の細い
seine dünnnen Beine

彼の嘆かわしいぐらい細い
seine kläglich dünnnen Beine

彼の[通常の足回りに比べて]嘆かわしいぐらい細い
seine [im Vergleich zu seinem sonstigen Umfang] kläglich dünnnen Beine

ihm ~ vor den Augen「彼の目の前で」
この3格代名詞ihmは、続くAugenと間接的に結びついていて、Augenの持ち主を表します。これを「所有の3格」と言います。

hilflos「途方もなく」
格語尾もなにも付いていないですね。副詞です。

ポイントは、体の一部を表す語と共に表す、人称代名詞の3格です。

名詞の3格は、体の一部を表す語とともに現れることがある

これを、「所有の3格」といい、その部分の持ち主を表す

もっとドイツ語文に親しむために

以上がカフカ『変身』の冒頭でした。

やはり文学作品は一筋縄ではいかないという感想を持った方も多いのではないでしょうか。

『変身』は初級文法を終えてからいきなりすらすら読めるような文章ではないのは確かです。今回は、ドイツ語文の特徴に触れるため、あえてチョイスしました。

文章の特徴

特にドイツ語では、挿入を駆使した一見複雑な文がたくさん出てきて、一文が長くなる傾向は確かにあります。

ただ、慣れてくると、それも読めてくるようになります。

なぜか。

理由は、格によって関係が明示されている上に、動詞の位置には明確な規定があるので、ドイツ語文は長くなっても非常に「きっちりした文」であることが多いからです。

枠構造や格の明示は、書き言葉では守らなければならないドイツ語の決まりです。語順や語法に慣れれば、語の結びつきも見えてきて少しずつ読んでいけるようになります。

語彙の特徴

ドイツ語の語彙は、基本語彙から派生させたり、基本語語彙を組み合わせて新語をつくったりする傾向が強いです。

そのため、基本語を覚えると分かる単語も割と簡単に増えていきます。初めて見る単語でも分解すると基本語であったりするので、読解の時には柔軟に語彙を見つめる姿勢も重要です。

まずは、基本の3000語ぐらいをしっかり覚えることを意識しましょう。すると、一語一語覚えないといけないように思える名詞の「性」や「複数形のつくりかた」もなんとなく規則が見えてきます。

そこまでいくと、後は意外にすんなりと語彙を増やしていくことができたりもしますよ。

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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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