耳をすませば綴り字マスター

imaizumisho

綴り字の中には、文字と文字の関係性を知っておくと納得できるものがたくさんあります。今回は英単語の見え方が変わる画期的な考え方に触れたいと思います。私が英語を勉強を始めた中学、高校時代は、ある程度英語の綴りはすべての単語について覚えるしかないものだと思っていました。英語の綴りは非常に複雑で、単語を覚えるということは、常にその単語の発音と綴り字を丸暗記するものと考えていました。

実際には英語の綴り字も発音も、ある一定以上のレベルまでは何らかの規則で包括的に説明することができます。もちろん規則の数が他のヨーロッパの言語に比べて多いのは事実ですが、それでもまったく無秩序というわけではないです。(言語というものはそういうもんです。根底においてはだいたいうまくできているのです。)

今回は英単語を観察するとき、是非身につけておきたい視点について書いてみます。

U, V, W の文字はどこから来た?

さて、英語の綴り字において、u,  w, v  は非常に近い関係にある文字です

u は古くから英語にあった文字です。古英語では単語のどの位置に現れても /u(:)/ の音を表しました。どういうことかというと、現代英語の、cut /u/, cute /ju:/, busy /i/ のように、単語の中での現れ方によって音が変わることはありませんでした。つまり、とにかく古英語 cum(>come) は/クム/、hus(>house) は/フース/ のように/u(:)/で発音されていたわけです。

/w/の音は英語やドイツ語などのゲルマン語では非常に頻繁に見られる音です。当初はルーン文字の “wen”(ウェン)という文字で表していました。この画像のように、三角旗を棒につけたような形の文字が、8世紀頃までイングランドでは /w/ の音を表すために使われました。その後、もっと効率よくこの音を表すために、ラテン文字の u を2文字重ねた uu という綴りが使われるようになります。英語の W が “double-u” と呼ばれるのはこのためです。最終的に w の文字を使うようになっていたノルマン人がイングランドを征服したことによって、11世紀から w の文字が英語でも使われるようになっていきいます。

続いて v の由来です。そもそもラテン語には w の文字はなく、v が使われていました。ギリシャ語の Υ(υ)「ユプシロン」から作られた文字です。この文字が古典ラテン語では /w/ の音を表すために使われていました。そのためラテン語 video[=I see]の最初の音節は /ウィ/ と発音されていました。これが次第に /v/ の有声子音で読まれるようになり、現代英語にもたくさんこの文字をもつ語が流入してきました。いまでも、語頭が v- で始まる単語の大多数がラテン語系の単語です。

子音としての w と v

語頭にW→ゲルマン語系 ex. way, week, word, work, want

語頭にV→ラテン語系 ex. view, vision, value, voice

U, W, V はみな仲良し

これらの文字が非常に近い音を持っていると知ると、英単語の見え方もまた変わってきます。

例えば、英語の will(意思)にあたるラテン語は voluntas です。英語の way に当たるラテン語は via です。このようにゲルマン語系 w- とラテン語系 v- が対応する例は非常に多く見られます。

ゲルマン語 will の仲間

ラテン語 voluntas から派生した英単語

  • volunteer(ボランティア)
  • voluntary(自分の意思による)
  • benevolent(善意の)[bene 良い]
  • malevolent(悪意のある)[male 悪い]
  • volition(意思)

英語の歴史の中で、古英語の時代からあった u, w の文字に加え、ラテン語から v の文字が流入してきて、現在の綴り字ができてきました。古い英語を読むときは、every は eueri, euery と同じと意識することが大切になります。

キーワードは「文字」ではなく、「音」です。英語は何より「音」を中心に変化してきた言語です。古英語には v の文字はなかったと言いましたが、/v/ の「音」はありました。どのように v の音を表していたかというと、母音間の f の文字は、/f/ ではなく /v/ の音になっていたのです(これを「有声化」と言います。)

例えば、古英語の līf [リーフ](生命)という単語は、当時の格変化で語尾 -e が付くと、līfe [リーェ] のように/v/ の音で発音していました。

古英語の /v/ 音

līf [リーフ] 
f有声化
līfe [リーェ]

現在でも、v の文字で英単語は終われません。これは、古英語では「fを母音で挟む」ことでしか /v/ を表すことができなかった名残です。 have, live, give の綴り字が、英語の規則に従うなら hav, liv, giv であるべきなのに、最後に -e をつけるのは、こういうわけです。knife の複数形が knives になるのも同様の理由です。

グリムの法則

「音」で読み解く文字の関係の例をもう一つ。

complete などに含まれる ple はラテン語系で「満たす」を表します。ラテン語 Ave Maria gratia plena「アヴェマリア、恵みに満ちた」という典礼文に、ラテン語の形容詞 plenus「満ちた」が登場します。これに当たる英単語は full です。

さて、この ple と full、まったく違う単語のようですが、よく注意して発音してみてください。p と f はどちらも唇を使って、非常に近い位置で発音しているのがわかるはずです。

遙か昔の祖語が現代語へと分岐する中で、ゲルマン語系では /f/ に、ラテン語形では /p/ に変化していく一連の語彙群がありました。例えば、足(foot) で漕ぐのがペダル(pedal)であったり、父親(father)とパパ(papa)が同じであったり、フェリー(ferry)に運賃(fare)を払って港(port)を行ったり来たり…。このように p, f の音を持った語彙が近いところに現れるのは、これらが同じ祖先を持った語彙だからです。

この「p-f 仲良し関係」のような文字対応を体系化したのが19世紀ドイツの言語学者ヤーコブ・グリムという人でしたので、これを「グリムの法則」と言います。p-f 以外にもいくつか文字の対応関係があるので気になる人は調べてみてください。(ちなみにこの人は、「グリム童話」の収集で有名なグリム兄弟の兄の方です。兄弟共に本職は言語学者で、彼らが編纂した32巻に及ぶ「グリム・ドイツ語辞典(Deutsches Wörterbuch Grimm)」は現在でも最大かつ最も包括的なドイツ語辞書と言われています。)

グリムの法則については、ここでは書き切れないので、また機会をみて詳しく説明しようと思います。

結論:耳を使って単語を捉える

結論、とにかく英語は「音」です。「文字」はあくまで表記の手段です。目に見えるものだけを信じていたら p と f が実は近い関係にあるとなかなか見えてきません。 その f が有声化したら v になり、輸入文字の vは、 英語本来の文字 u, w と関連している…… こういった「文字⇔音」の関係が見えてくると、語彙学習はさらに上のレベルへと進んで行きます。もちろん、マスターレベルは遙か遠いゴールですが、外国語が持っている「音」に耳を傾ける学習をしていくことは、いつだって優れた学習者になるための第一歩です。

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yarusena
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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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