woman「ウマン」の複数 women「ウィミン」よ、お前は一体どこから来た?
英語の発音は大部分は規則化できるのですが、それでも、どう考えても例外的な発音をする単語に出会うことがあります。英語に関しては、特に学習の最初期の段階でそういった不規則な単語に出会うことが多いので、全体を貫く規則が非常に見えにくくなってしまうという現象が起きてしまいます。
不規則なものには大抵歴史を遡ると何らかの理由があるものが多いです。そしてその不規則の謎を解き明かしていく中で、それまで気にもとめなかった言語現象に気づくことがあります。言葉が新たな表情をまとって目の前に現れるのはそんな瞬間です。今回は、不規則界の代表選手、woman の発音と綴り字の歴史をたどっていきます。
名詞の man(古英語では「人間」全般を表した)は現代英語で不規則な複数形 men を持ちます。これは古英語の時代からほとんど変わっていません。いきなりですが、古英語の男性名詞 mann の格変化を紹介します。
単数 | 複数 | ||
主格 | ~は | mann | menn |
対格 | ~を | mann | menn |
与格 | ~に | mannes | manna |
属格 | ~の | menn | mannum |
現代英語に引き継がれた形が太字にした部分です。-n が1文字脱落した以外、ほとんど変わっていませんね。中心となる母音を変化させて複数の形を作る名詞は当時からすでにやや例外的な存在でした。
英語の中では例外的なこの複数形の作り方ですが、同じゲルマン語のドイツ語なんかでは今でも一般的な複数形の作り方です。
ここからは少し専門的な話になるので次章まで読み飛ばしてもらってもかまいません。
ゲルマン語の初期の歴史において、次の音節に -i の音を含むと、その前の母音が発音される段階ですでに後続する i の影響を受けて、i に近寄るように発音を変えてしまいました。よく見られる例は、a, o → e になる変化です。口の後ろ側で発音する母音が、一番前で発音する i に引張られて発音も e と前側の音になるのです。
言語が発達していくにつれ、-i を含む語尾自体が失われてしまいましたが、いくつかの格ではi が先行する母音に与えた影響だけが生き残りました。
古英語 mann はさらに古い形では maniz という -i- の語尾を含む形であったため、この変化を受けて複数主格・対格で menn という変化を被った訳です。現代英語で foot → feet となる変化もこれと同じ仕組みです。
現代ドイツ語の複数の作り方も同様で、幹母音が変化するときは、必ず音が口の前側に移動します。(この仕組みを知っておくとドイツ語の不規則変化にすぐ慣れてしまいます。)
woman の -man の部分は、名詞の man と同じで、その変化の由来は今述べた通りです。では、最初の wo- は一体何でしょうか。実はこれも我々におなじみの英単語から来ています。「女性」という意味と、最初の文字 w- から想像がつくでしょうか。
Question: woman の wo- は何か?
↓
Answer: wo- は古英語の wif /ウィーフ/(現代英語の wife)に由来します。
woman の古英語の形は wifmann /ウィーフマン/ でした。古英語 wif は「女性」全般を表していました。綴り字と発音は単数と複数で別々に考えていく方がわかりやすいので、別々に見ていきたいと思います。
古英語の時代から英語は単語をくっつけることで長い単語を作ることができます。wif「女性」+ mann「人間」でできたのがこの単語です。
wif の -f が続く -m- に同化します。
最初の w- の影響で、wi- が wu- に引っ張られます。/w/ の音は /u/ の音に近いので、この変化が起きました。この頃はまだ綴り字と発音は一致しています。
w や m といった縦線が連続する文字に隣接する -u- の文字は、しばし -o- に綴りなおされます。しかし、発音は従来の /wu/ を残していました。この結果現代英語の綴りと発音ができました。
- 《u》→《o》 の変化はなぜ起きたか。
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古英語 現代英語 sunu son sum some cum come luf love このように、-o- の綴り字を /ʌ/ と発音する単語の一部はこの変化を受けています。この変化が起きた主な理由は、古いフォントでは縦線が連続する文字が連続すると、読みにくかったからです。
以上が現代英語の woman が歩んできた道のりです。基本単語も長い時間をかけて歴史の中を旅してきたのがわかります。こういった背景に気づけると何気ない単語もまた面白く見えてくるものです。
この流れを見ると、複数形 women の発音が /wímin ウィミン/ のようになるのも、なんとなく見えてくるのではないでしょうか。
複数形では、古い形 wimmen から/wi/の音は保持したまま、綴りだけ単数形に合わせて《wo-》に変えました。第一音節を強く読むので、後ろの音節は弱い /i/ の音になりました。こうして現代英語の綴りと発音ができたわけです。Cristal (2013)は、これに際して foot-feet のような複数の作り方が作用した可能性に言及しています。
以上が英単語 woman の発音の変化のあらましです。
何気ない単語が歴史の中で歩んできた道のりを知ると、その単語を見るたびに何か遙か遠くの言葉の声を聞くような気になります。
この woman という単語1語をとってみても、英語が属するゲルマン語の世界と、長い歴史の中でどのように人々が声を出して単語を読み、単語を書き込んで来たかが見えてきます。その過程を観察する中で、周りにある単語もまた違った姿をもって立ち上がってくることがあるから、綴り字と発音の探求はやめられません。
皆さんも好きな単語や、発音や綴り字に疑問をもった単語があったらぜひ調べてみてください。
このサイトでも今後そういった単語の面白さを発信していきたいと思います。
- 大名 力(2014)『英語の文字・綴り・発音のしくみ』研究社
- Crystal, David (2013), SPELL IT OUT The singular Story of English Spelling, Profile Books
- Marsden, Richard(2015) The Cambridge Old English Reader Second Edition, Cambridge University Press
- Barnhart, Robert K(1988), The Chambers Dictionary of Etymology, Chambers Publishing Limited