busy – business – busyness: 最後のやつだけ3音節
英語の綴りと発音の謎に迫るシリーズ、今回は、基本的すぎて不規則だということを忘れがちな単語、busy を扱います。
英語では通常-u-の綴りの短音を、but のように /ʌ/ の音で読みます。この原則が頭に入っていたら、nutty, nuptial, mumps. jut, lusty, husk, fluff なんて単語に初めて出会ったとしても、発音だけは-u-の単音/ʌ/と理解できます。
そう考えると、busy という基本単語の発音は極めて例外的です。-u-の文字の単音を/í/ と読む単語は他に思い当たりません。もし他の単語でも cut を「キット」みたいに読んでいたら面倒なことこの上ありません。では、なぜ butter「バター」のように busy は「バズィー」でもなく、「ビューズィー」でもなく、「ビズィー」なのか、考えていきましょう。
起源 古代~中世
現代英語 busy の起源は、古英語 bisig に遡ります。古英語では「ビズィー」のように発音されていました。語末の -ig は現代英語の -y と意味も発音も同じです。ということは、なんと現代英語と発音はまったく同じということです。
古英語では「注意深い、用心した」のような意味になったり、「何かに従事している、忙しい」という意味で使われています。そのため発音だけでなく、意味もほとんど変化していないといっていいでしょう。もし、古英語の綴りがそのまま bisy という形で現代まで残っていたら、古代の単語を今に伝えるゲルマンビジネスワードが爆誕していたと言っても過言ではありません。(過言です。というかゲルマンビジネスワードの意味が自分でもわかりません。)
綴りが運命の波に翻弄されたのは、英語あるあるなのですが、やっぱり中世のことです。中英語では、お決まりの通り、各地方で様々に発音され、それが記述されたので、様々な綴りが誕生します。
中英語には、bisi, bisy, bysy などの綴りが多く見られ、一部、besy, busi などの綴りも方言的特徴を反映して記録されています。
もうここまで来たら以前の記事で紹介した、bury「埋める」の時と同じ流れです。人々は「忙しい」という意味のこの基本単語を古英語伝来の「ビズィー」的発音で読み続けました。
いやあ、いつの時代も、「わたし、忙しいのよん」なんて発言はついついしたくなるものですよね。きっと中世英国に生きた人々も「教会でお祈りするのに忙しいの」「パンを焼くのに忙しいの」「草むしりに忙しいの」「百年戦争で忙しいの」なんて言いながら暮らしていたのかもしれません。私なんかも忙しいと思われたくて、暇を極めていたとしても返信を送らせたり、予定より遅く登場したりしちゃうことがあるため、有能な社会人の風上にも置けません。
そういうわけで、中世の人々もきっと「あ~ビズィービズィー」といいながら暮らしていたと勝手に推察しております。そして15世紀頃になって、印刷技術も普及し始め、どういうわけか(英語史の話題はこんなんばっかりです)、発音とは違うのに busy という綴り字が主流になっていきます。
おい、一体誰がこんな不規則で紛らわしい綴りにしやがったんだ、と思ったら、こういうときはその時代の綴りに影響力があった人たちのせいにしちゃうのが、これまたよくあるパターンです。しかし、中世英詩の大御所チョーサーはこの単語の綴りに、bisynesse, bisy, bisily など、もっぱら -i- の文字を使っています。印刷技術の第一人者キャクストンは besy のように -e- を使っています。ウィクリフの聖書では -i-, -e- が主流です。
困った、一体誰が、といっても、答えは歴史の闇の中です。とにかく綴りは次第に busy という方向に固定されていきました。
発音・意味とともにそのまま現代に通じる。
お約束の綴り字の乱立状態。
理由ははっきりとしないが、15世紀の印刷業者は busy を選ぶようになり、16世紀の聖書出版もこの綴りで行われた。その結果現代の発音と綴り字ができていった。
ちなみに busy には動詞 busy oneself の形で「忙しくする」という用法もあります。こりらは古英語の bisgian という動詞形から派生しているようですが、14世紀には形容詞の busy と同じ綴りに吸収されたようです。
business と busyness
現代英語の名詞 business は、やっぱり古英語の名詞形 bisignisse という名詞から来ています。-nisse は現代英語の -ness にあたる、形容詞を名詞化する語尾です。
「忙しい」の名詞なので「忙しさ(<気にかかる事)」が本来の意味です。14世紀頃に「仕事、職業」のような意味で使われている例が見つかっていますが、やはり「忙しさ」と密接に関わった意味で使われていたようです。この頃は bu-si-ness と3音節で発音されていました。
この単語は次第に「商売、ビジネス」のみを表すようになっていき、形容詞 busy との直接的な意味のつながりは薄れていきます。発音も /bíznəs/ という風に2音節になって、busy 感が薄れていきます。
本来の名詞形 business から「忙しさ」が失われて言った結果、「忙しさ」を表すには、どうしたらいいか。そこで人々は基本に返って、もう一度形容詞 busy から名詞を作ります。こうしてできたのが、busyness です。この単語は19世紀に初めて記録されている、極めて新しい単語です。発音も bu-sy-ness と素直に3音節で読まれます。
英語では単語の途中に -y- が現れるのは、ギリシャ由来の単語か、母音間の-i-の代用として使われるかのどちらかということがほとんどです。例えば、type, psychology はギリシャ由来です。mayor「市長」 はラテン語 maior「より大きい」に由来しますが、英語では母音間に -i- の綴りが現れないため -y- に置き換えています。loyal, royal も同じです。
そのため、語中に -y- が現れる busyness という綴りは、英語の本来のスペリングから逸脱したものです。どこか現代の造語のような雰囲気をまとった感じがあるのはそのためだと言えます。
形容詞 bisig の規則的な名詞形。
「忙しい状態」から「商売」という意味に変化していく。
2音節で発音されるようになり、「ビジネス」の意味が確立していく。
名詞 business から本来の「忙しさ」の意味が薄れていくのを補うために、19世紀になって busyness という単語が生まれる。こちらは現代でも3音節で発音される。
- Crystal, David (2013), SPELL IT OUT The singular Story of English Spelling, Profile Books
[綴り字好きにはたまらない一冊。非常にわかりやすく面白いスタイルで書かれているため、一般の学習者も楽しんで読めるようになっている。] - Barnhart, Robert K(1988), The Chambers Dictionary of Etymology, Chambers Publishing Limited
[ busy, business の語源はこちらを参考にした。] - Online Etymological Dictionary
[ busynesse の語源はこちらを参考にした。この単語が20世紀にかけて使われるようになっているのがグラフで可視化されている。]