「グリムの法則」を英語学習に生かす

imaizumisho

前回の記事では、「グリムの法則」(ゲルマン語第一次子音推移)について、理論的な解説を行いました。そして、この現象の理解は英語学習にもアドバンテージとなることが多いと予告して締めくくりました。今回は、実際に「グリムの法則」の理解を英語学習にどのように役立てていくとよいのか考えていきます。

全体で非常に長く、学習用としては難易度の高い記事になっています。特に2節の前提の部分をしっかり頭に入れて、3節で理論を身につけてください。4節では実際に多数の英単語が出てきます。理論を実例に当てはめながら、英単語を体系化する発想を身につけるのが目標です。

今回は、学習に役立つように、3節と4節の内容をまとめた学習プリント(pdf)を用意しています。ご活用ください。

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Grimm’s Law in Use

【背景】なぜこの記事を書いたか

まず、長くなるのですが、今回の記事を執筆するに至った背景を述べておきます。

グリムの法則を紹介した言語学の本やサイトは多数見受けられますが、実際にこれを体系的な知識として一般の英語学習に生かしていくというコンセプトの教材や書籍は、私が知る限り、存在しません。語学書、語学教材教材や学習サイト、動画などでグリムの法則を紹介しているものもありますが、あまり学習上有益な情報としてまとまっていないというのが現状です。

これには2つの理由があると考えられます。1つは、「グリムの法則」とは言語学の成果に基づいて導き出された揺るぎない「法則」ですので、それを語るには言語学や古典語の正確な理解が必要になるという点です。このハードルがまず大きい。英語の語源はラテン語幹から比較的多くの単語を導き出せるので、古典語の理解無しにある程度は語源について語ることができてしまいます。私の印象では、所謂「語源」を謳った世の人気教材で、古典語の正確な理解に基づいて解説されたものはあまりないというのが現状です。同語源の単語を並べておけば、それなりの商売にはなるからです。そのため、語源について語る人は多いですが、正確な理論や法則の前には通用しないレベルで止まるということが往々にして起きてしまっています。

もう1つの理由は、そもそもグリムの法則の理解が難しいということです。前回の記事ではこのイメージを払拭すべく、音声学の基礎知識がない人でも理解できるように、私なりにできるだけわかりやすく解説したつもりです。それでもある程度の忍耐力をもって理解しながら読まないとなかなか全体を把握するのは難しかったのではないでしょうか。専門的になりすぎると、一般の語学から離れてしまうという問題は常に存在するのです。

以上のような背景から、有名な法則ですが、実際上、言語学習に生かすというのは容易ではありませんし、正直なところ万人にとってそれが必要だとも私は思いません。(こう言うと元も子もないですが。)

それでも、グリムの法則を知って英単語を見ると、語彙学習がオモシロくなる場面に出くわすことがよくあります。

私は職業柄、英単語の解説を中学生や高校生に向けて書くことが多かったのですが、「グリムの法則」に言及すべきか、やめておくべきか、どうしたら有益な形で提示できるかを何年か考えてきました。今回は、そんな私が、自分なりに「グリムの法則」と「英単語学習」が最大限に交わる地点を模索した結果を紹介していこうと思います。

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Grimm’s Law in Use

【前提】武器にする心構え

今回の内容ですが、対象とするのは、英語学習者の中でも、所謂上級レベルを目指す人です。目安としては、最低でも英検準1級(B2)以上、難関大受験レベル以上だと思ってください。印欧語幹まで遡って英単語の関連を考えていくなら、少なくとも土台に5000語ぐらいの英単語の知識はないとあまり意味がありません。そのこのところは留意して先を読み進めてください。

言語学習という観点から簡単に言うと、「グリムの法則」は、異なる語派(ゲルマン語派とその他)の同族語の子音対応を説明します。例を挙げると、グリムの法則によると《ラテン語-ゲルマン語》で《p-f》《d-t》の対応があるから、ラテン語系の英単語 pedal はゲルマン語系の foot に対応するよね、と言えるようになります。(今回は徹底的に子音のみを話題にします。母音については一切触れません。)

では、pedal foot が関連しているとわかって、それが何の役に立つのでしょうか。

そう問われると、実は私も答えに窮してしまいます。実際のところ、「グリムの法則」は暗記が楽になる特効薬でもなく、英語学習に花を添えるお飾りでもありません。このことは重々承知しておいてください。それは、どちらかというと、抽象的な思考法であって、目の前の一単語を覚えるための方便ではないということです。

では「グリムの法則」を知ることの効果は、実際どのようなものでしょうか。それを説明するために、例を1つ挙げます。

いま、あなたが、cardiology「心臓(病)学」という英単語を覚えたいとします。これを覚えるとき、「cardio- はギリシャ語の cardia「心臓」に由来する。」ということを知ったところで、その語源情報にはほとんど意味はありません。知らないことを知らない単語で説明したところで学習上のメリットはないからです。

では、こういう説明はどうでしょうか。

cardiology に含まれる cardio– はギリシャ語系で「心臓」です。ラテン語だと cor/cord という語形になるので、core「芯」、cordial「心のこもった」、accord「一致する(<心を合わせる)」などとつながります。またグリムの法則により《kh》《dt》の対応があるので、<card-/cord-> は英語本来語の heart「心臓」とつながります。
※cardio- も cord- も文字では<c>と書きますが、音は /k/ であることに注意です。

こう説明すると、cardiology という最初の難単語が、core などのおなじみの単語とつながり、中級レベルの cordial, accord といった単語とともに再整理できます。そして最終的に「グリムの法則」で浮かび上がる基本語 heart がこれらの単語をしっかりとまとめあげてくれるわけです。

優れた学習者は未知の単語を前にして、自分の中のどの知識を動員し、どのように脳内にしまっておき、必要なときにどのように取り出すかを判断できます。それはさながら、優れた料理人が食材を手に取り、その匂いや手触りを感じるだけで、どのような調理をするか瞬時に判断するのに似ています。

グリムの法則を知り、先の cardiology という単語を知った学習者は、cardicac「心臓の」、cardiovascular「心臓血管の」といった単語に出会っても、あるいは、「心」→「心から信じる」と意味を広げた credit「信用」, creed「信条」といった単語を見たときでも、どこか遠くに heart と共鳴する単語の響きを感じることができます。「グリムの法則」を味方にして得られるのは、そのわずかな響きを聞き取る力です。それはささいな違いかもしれませんが、それがあるかないかで単語の世界の見え方が変わることだってあるのです。

「グリムの法則」は、いわば抽象的な定理であり、それを学習に生かすということは、定理を身につけた上でそれを活用する思考法を体得することです。これを味方にするには、多数の実例に触れる以外の道はありません。数学の定理をどの場面で適用するかは実際の問題演習で身につけていくしかないのと同様です。

それでは、次節では備えておくべき対応関係(=定理)を提示します。その上で、次の次の節では、最低限の実例を挙げていきます。実際に単語を並べて書いたりしつつ、単語のつながりを追うための思考を身につけていくことをおすすめします。

Q
【補足】英単語学習と「グリムの法則」はなぜ相性がいいのか

英語は本来ゲルマン語派でありながら、11世紀の「ノルマン・コンクェスト」や15世紀の「ルネサンス」などを経験し、フランス語・ラテン語・ギリシャ語など他の語派の単語を大量に借用しました。そのため、英語という1言語の中に、異なる語派に由来する単語が共存している状態になっています。結果、本来は語派の間の子音字対応を説明する「グリムの法則」が、英語という言語内で、異なる借用元の単語の関連性を明らかにするのにも使えるようになってしまったわけです。

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Grimm’s Law in Use

【定理】 子音の対応法則

言語学的には、グリムの法則は、印欧語とゲルマン語の子音の対応を説明します。前回の記事で見たとおり、グリムの法則には次のような対応があるのでした。この表では音素の対応を表しています。3つの系統それぞれに、「唇」「歯」「軟口蓋」の3つの調音点が出てくるので、合計9組の音の対応が現れます。

ここからは、言語学の法則を、言語学習に向けて最適化していきます。

英語学習に役立てるという観点で言うと、「グリムの法則」は、英語の内部にある、ロマンス語系・ギリシャ語形の借用語とゲルマン語由来の単語の関係を説明します。次の表がその対応関係です。

この表について、いくつか注意点を述べておきます。

まず、こちらの表は言語学習という観点から、綴り字の対応を表すことにしている点です。「文字」を採用しているので、グリムの法則で/k/ の音素をもつスロットには、英語の <c/k> の文字が入っています。(実際には <q> の文字が使われることもありますが、使用頻度が低いため今回は含めていません。)また、<c>の文字を持つ場合、現代英語では [s]/[k] ので実現することになるのを頭に入れておいてください。

例えば、法則⑤《g-c/k》対応関係がありますが、これによって、*gno-「知る」という印欧語幹に由来する、ignorant canknow の関係が説明できます。(can の古英語での意味は「知っている」で、そこから「やり方を知っている」→「できる」に意味が変化していきます。)この場合、ignorantg can c の対応は、「音」と「文字」両方から確認できますが、それらと knowk の対応は、「文字」からのみ確認できるという訳です。このように、「グリムの法則」を考えていく際、常に「音」と「文字」の両方を使い分ける力を身につけてください。これは、英語学習全般において重要になる考え方でもあります。know の <k-> は、現代英語では発音されないので無駄な文字に見えるかもしれませんが、それは重要な語源情報を含んでいるわけです。

この表では、本来のグリムの法則の《b-p》の対応関係のみ法則番号を与えていません。これは、印欧語の時点で *b の音素が極めて稀あり、そのためこれらの対応を含む単語が英語にほとんどないからです。

こう考えると、グリムの法則の対応関係は①から⑧の8つを考えればよいことになります。この中で、もっとも学習効果が高く、多くの単語に観察されるのは法則①~⑥です。一般の学習レベルでは、この6つの関係を知っておけば十分だと私は思っています。

法則⑦⑧は、一般の学習者向けというよりは、英単語マニア向けになります。印欧語がギリシャ語・ロマンス語に下るにつれ、各語派の内部で子音変化を起こしたため、本来のグリムの法則の対応関係がさらに変化しています。また、ギリシャ語とロマンス語で違う音・綴りをもつのもこのグループの特徴です。

Q
【補足】<p->で始まる英単語

法則①により印欧語の /p/ はゲルマン語では /f/ に変化しました。また、そもそも印欧語の時点で /b/ の音素が極めて稀であり、/b/→/p/ の変化を受けたとしても、/p/もつゲルマン語の単語は非常に数が少ないということが起きています。(詳しくは、印欧語の音韻の記事で。)

英語の辞書を引くと<p>で始まる単語は、<s><c>に続いて数が多いのですが、その中にはゲルマン語に由来する単語はほとんどなく、大部分は擬音語から生まれた単語か、ロマンス語などからの借用語です。

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Grimm’s Law in Use

【実例と演習】単語をつなげる

ここからは、実例を見ていきます。おなじみの単語、あるいは未知の単語を、子音対応を手がかりにつなげていく練習をしましょう。今回重要なのは、ここに出てくる単語のうち、特定の1語を暗記することではなく、語派を超えて単語のつながりを捉える思考法を身につけることです。知らない単語が出てきたら、まずは自分で意味を調べてみることをおすすめします。その際、表の同じセルに含まれる単語とどのように関連するか、そしてそれらが隣のセルの単語とどのように関連するか、まずは自分で考えてみてください。未知の単語と既知の単語を結びつける練習のため、あえて基本語から高難度の単語を混在させています。辞書を引いて単語をノートに書いて学習することを強くおすすめします。

【注意】
今回は、文字の対応を見つけやすいよう、形態素の先頭文字の対応のみを考えます。形態素とは、意味と機能をもつパーツ(接辞や語幹など)の最小単位です。
例えば、unexpectedly という単語は、un, ex, (s)pect, ed, ly という5つの形態素から成ります。

以下に用語の曖昧な部分を定義しておきます。

  • <□> は綴り字、/□/ は音素を表します。
  • ラテン語とそこから派生したフランス語・イタリア語・スペイン語などを総称して、「ロマンス語」と呼びます。
  • 語派の分類は、原則として古い方の起源を優先しています。
    ゲルマン語がロマンス語に借用され、(いわば逆輸入の形で)英語に入ってきた場合、元のゲルマン語の音(or文字)が保たれている場合は、「ゲルマン語由来の単語」に含めます。古ノルド語由来の単語も「ゲルマン語系の単語」に含めます。また、ロマンス語を経由して英語に借用されたとしても、もとがギリシャ語起源でその音(or文字)を保っている場合は「ギリシャ語由来の単語」に含めます。
ギリシャ語・ロマンス語由来ゲルマン語由来

法則①《p-f》関係

paternal, paternity, patriot, patriotic, patrimony; patronfather
pedal, pedestrian, pedicure, expedite, expedient, expedition, impede, pioneer, pessimisticfoot, fetter, fetch
pre-, pro-, prime, primitive, primary, premier, primate, primordial, prince, principle, pristine; presbyter, priestbefore, first
port, passport, import, export, comport, deport, portablefare, ferry, ford, fjord
Q
法則①の解説

グリムの法則の解説で真っ先に例に挙がるのは、ラテン語の pater「父親」と英語の father の対応です。paternity「父性」, paternal「父親の」などのラテン語系の単語と英語本来語の father のつながりはわかりやすく、グリムの法則①を考える最初の例として言語学入門書の中でも定着しています。ギリシャ語系では patrimony「父から受け取る財産」, patriarch「家父長制」などの単語があり、また「父なる祖国」という発想から patriot「愛国者」, patriotic「愛国者の」といった単語も連想されます。フランス語系で patron「後援者」も英語としておなじみです。これらの単語の背景に father の響きを感じ取ることを忘れないでください。

pedalfoot のつながりもおなじみです。pedestrian「歩行者」, pedicure「ペディキュア」などは foot のイメージが非常にイメージしやすい語です。ゲルマン語系の同族語は fetter「足かせ」, fetch「取ってくる」などで、こちらも「足」とのつながりがイメージしやすいです。その他のロマンス語系同族語だと、expedite「はかどらせる」, expedition「遠足」, expedient「利益になる、はかどる」(いずれも、「足かせを外す(ex)」が原義。), impede「邪魔する<足を突っ込む」などです。フランス語系では pioneer「先駆者」なども同族語です。「足」→「一番下」となり、pessimism「ペシミズム<すべては最悪だとする考え」などもつながります。

pre-「前に」という接頭辞はロマンス語系の単語でおなじみですが、これは before などの –fore と同族語です。これを最上級にした単語は、ゲルマン語系で first「一番最初の<一番前」であり、ロマンス語系では prime「一番最初の、最上の」, primitive「原始の」などがあります。ここから「最初の」のニュアンスを含む語は多く、一例を挙げると、primary「主要な、第一の」, premier「一番最初の」, primate「(国教会)大司教」(※primate「類人猿」も同じ印欧語幹に由来する造語), primordial「原始時代の」, prince「王子<最初に王位を継ぐ者」, principal「最上位の者」, principle「最上位の原則」, pristine「最初の状態の、汚れのない」, ギリシャ系では、presbyter「(初期教会の)長老<年長者」, priest「聖職者<presbyterと同じ語源」 などです。

port は「港」で、import, export はそのつながりで覚えた人も多いでしょう。もともとは「運ぶ」というラテン語 portare に由来する語群です。他にも transport, passport, comport「振る舞う<自らを運ぶ」, deport「強制送還する」, portable「持ち運びできる」など多数の単語に含まれます。これらがゲルマン語系の fare「運賃」, ferry「フェリー」とつながることを意識しておきましょう。ゲルマン語系では他にも ford「浅瀬を渡る」, fjord「フィヨルド」などの単語も難しいですが重要になってきます。

法則②《t-th》関係

tend, tense, tent, extend, distend, ostensible, ostentatious, retain, detain sustain; tenuous, extenuate; tendonthin
tort, torque, torsion, torture, tortuous, distort, extort, retort, torment, torturethwart
tumor, tumulus; tombthumb, thigh, thimble, thousand
trio, triple, triangle, trinity, tribe; testament, testimony, detest, attestthree, third
Q
法則②の解説

印欧語幹 *ten-「伸ばす」に由来するゲルマン語は、thin「薄い<薄く伸びた」ですが、それに対応するラテン語系の単語が無数にあります。ラテン語系の英単語では ten, tend, tain「伸ばす、ぴんと張る、保つ」という語形です。tent「テント<薄い布を張ったもの」, tense「ピンと張った」, tend「傾向がある<行動が伸びていく方向」などが典型的な単語です。接頭辞がつくと extend「伸ばす」, distend「膨張させる」など。ostensible「見せかけの」やostentatious「見せびらかしの」は、観客に対して(os-)薄い布を見せてショーを展開する様子から生まれました。薄くのばしたものを「保つ」という意味の –tain, –ten という語幹は、retain「保つ」, detain「拘置する」, sustain「保つ」に典型的に見られます。他にも tenuous「(関係などが)希薄な」やextenuate「罪、失敗を薄くする」に thin の面影を見ることも重要です。ギリシャ系だと tendon「腱<伸びる箇所」があります。同族語はここに挙げた以外にも無数にあるので、思いつくものをまとめて書き出してみてください。

ラテン語系では tort に「ねじる、ひねる」という意味があり、英単語 tort は「不法行為」というやや難しい意味になっています。torch「松明」は木をねじり上げてつくった聖火のようなものをイメージします。torque「回転を生む力、トルク」, torsion「ねじれ、トーション」は自動車好きにはイメージしやすい工学用語です。torture「拷問」も torment「ひどい苦痛」も人間をひねるようなイメージで捉えます。distort「歪める」, extort「強引に引き出す、絞り出す」, retort「言い返す<言葉をひねり返す」, tortuous「回りくどい、ねじれた」も重要です。これだけネガティブな単語のイメージがそろうと、ゲルマン語系の thwart「挫折させる、くじく、妨げる」という意味も腑に落ちます。

印欧語幹 *teuə- は「膨らむ」です。ラテン語系では tumor「腫瘍」, tumulus「古墳、塚」 で膨らんだ形状を視覚的にイメージできます。ギリシャ系では tomb「墓」です。これらがゲルマン語系ではもっと身体に根ざした thumb「親指<膨らんだ指」, thimble「指ぬき」, thigh「太もも」, thousand「千<膨らんだ数」と結びつきます。

three は他の語族では tr- に対応します。trio「トリオ、三重奏」, triple「三重の」, triangle「三角形」, trinity「三位一体」などは見ての通りです。tribe「部族」は、本来ローマ帝国の3部族のことでした。「第三者」→「目撃者」という意味になったラテン語 testis も同族語です。testament「証言、遺言」, testimony「証言」などはここに由来します。(test「テスト」はこれらとは別語源。) detest「ひどく嫌う」の原義は「証言を断る」で、attestは反対に「証言する, (第三者が)証明する」です。

法則③《k/c-h》関係

ラテン語では <c> は常に /k/ の音でしたが、英語では <c> の文字を /s/ と /k/ という2つの音で読みます。また、綴り字の <c> は口蓋化という音変化の結果、<ch> になることがあります。「音」が変化している場合は、「文字」を手がかりに単語のつながりを見いだすことです。

captain, capital, cattle, chapter, chef, chief, achieve, precipice, precipitatehead, headlong
conehone
catch, chase, capable, captivate, accept, except, receivehave, heavy
corner, unicorn, corneoushorn
Q
法則③の解説

ラテン語 caput「頭」は、captain「キャプテン」, capital「首都の; 資本主義の」に典型的に見られます。cap-を英語の head(<古英語 heafod)と結びつける思考を身につけてください。cattle「家畜、牛」とcapitalは実は同じラテン語に由来する二重語で、中世には家畜こそ資本であったことが想起されます。<c> が口蓋化して <ch> になったバリエーションでは、chef「シェフ」とchief「チーフ」が同じフランス語が別の時代に入ってきた二重語です。achieve「達成する」 はフランス語 à chef「終わって(<頭のところまで来て)」に由来。precipice「絶壁、張り出した崖(<pre前 cip頭)」や、precipitate「真っ逆さまに落とす;突然引き起こす」は headlong「真っ逆さまに、まっしぐらに」という本来語と共鳴する部分があります。

cone「円錐」とhone「(刃物など)を研ぐ」は語頭の子音のみのシンプルな対応ですが、「とがらせる」というイメージが共有されるのがわかります。グリムの法則を適用すると、このように短くて分解不可能な単語でも、異なる語派とつなげて考えることが可能になることがあります。

ラテン語の動詞に habere「持っている」というものがありますが、これは英語の have とは語源的に関係ありません。グリムの法則によると英語の /h/ に相当するのはラテン語の /k/ ですので、capere「取る、捕まえる」という単語が have と同族語ということになります。catchchaseはこの単語に由来する語が別の時代に入ってきた二重語です。capableは「能力を持っている」と考えるとhaveの響きを感じられます。captivate「魅了する<心を捕らえる」, accept「受け入れる」, except「を除いて」, receive「受け取る」などもこの仲間です。同族語は多いので、他にも調べてみましょう。ゲルマン語内では heavy が have の仲間で、「多くのものを持っていて重い」という発想で理解します。

英語本来語で「角」は horn です。hornには「(楽器の)ホルン」や「クラクション」の意味もあり、「角笛」のように合図を発するものをがイメージできます。ラテン語ではそのまま corn- ですので、corner「角<とんがった場所」, unicorn「ユニコーン<uni1corn角」などが理解しやすいです。corneous「角質の」などの難単語も角のイメージから連想ができます。余談ですが、日本発祥の「コロネ」というパンがあります。和製語ですが、あの形も角(cornu)のイメージがあります。

Q
【発展】法則③’《qu-wh》関係】

*kw- という祖語の音はラテン語では、<qu-> の綴りで現れ、ゲルマン語では <hw> で対応します。グリムの法則本来の /k/-/h/ の対応を反映している規則的な対応です。英語では、<hw> の綴りは古英語以降、文字の順番を入れ替えて(「音位転換」といいます)、<wh> の綴りになりました。

question, quest, inquirewhat
quiet, tranquil, acquiescewhile

英語の疑問詞は <wh>- で始まりますが、スコットランドなどの一部の地域では /hw/ という発音が見られるように、古英語では軒並み <hw-> という綴りでした。そう考えると、ラテン語の疑問視 qui「誰」, quod「何」 とのつながりが見えてきます。question, quest, inquire「尋ねる」 といった単語に、”what, where, why?” などのつながりを感じ取れるようになると一流です。

ロマンス語系では「休む」という意味から, quiet, tranquil「静謐な」, acquiesce「黙認する」 などがあります。ゲルマン語系では休息の「時間」ということで、while に対応します。

法則④《d-t》関係

decade, decimal, decimate, (dozen)ten, –teen, (two)
dental, dentist, dandelion, indent; orthodonticstooth
indicate, index; deixis, deictic; dictionary, predict, dictate, benediction, jurisdiction; abdicate, ; dedicate, judge, prejudiceteach, token
dermatology, dermatologist, epidermistear[v]
Q
法則④の解説

ten はラテン語では decem です。decade「10年間」に ten の響きを感じるのは難しくありません。deci- には「10分の1」という意味があり、decimal「10進法の; 少数の」、deciliter「デシリットル=10分の1リットル」などがあります。decimate「数を激減させる」は「10人に1人をくじで選んで殺す」という行為に由来します。dozen「ダース」はラテン語 duo-decem[=two-ten]から来ていて、2も10も《d-t》が対応するこの法則が当てはまります。

ロマンス語系の dental, dentistと英語本来語の tooth は同族語です。英語では、このように、しばし他言語に観察される <n> が脱落します。dandelion「タンポポ<ライオンの歯(葉がライオンの歯の並びに似ているから)」やindent「へこませる;インデント(字下げ)する」なども歯形のイメージが浮かびます。ギリシャ系では odon という綴りで現れるので、orthodontics「歯科矯正<ortho正当なodon歯」やorthodontist「歯科矯正医」が重要です。

印欧語幹 *deik-は「示す、威厳を持って宣言する」です。ゲルマン語系では teach ですが、この語の古英語での意味は「示す」で、その名詞のバリエーションが token「印<示すもの」です。ロマンス語系の indicate「示す」や index「索引<場所を示すもの」とこれらをまず結びつけます。ギリシャ語系では deixis「直示、ダイクシス(どこで・誰がなどを示す代名詞や副詞)」, deictic「直示的な」という専門語に現れます。ラテン語では dicere「言う<言葉で示す」を表す最も一般的な単語であり、dictionaryをはじめとする無数の単語に現れます。predict「予言する<前もって言う」, dictate「はっきりと命じる;書き取らせる」, benediction「祝福<bene良いdiction言葉」, jurisdiction「司法権<juris法」, abdicate「退位する<ab離れて」, dedicate「捧げる<特別のものだと示す」などまだまだあります。judgeも「正義、法(ju)を述べる(dge)」という組み合わせで、prejudice「偏見<pre前judice[=judge]」なども仲間です。

英語本来語の動詞 tear「引き裂く」は、ギリシャ系で derm-「皮膚」という語幹につながります。皮を剥ぐイメージからつながりを捉えてください。dermatology「皮膚病学、皮膚科学」, dermatologist「皮膚科医」は意外によく目にする単語です。他の専門語は epidermis「表皮<epi上の dermis皮」など。

法則⑤《g-k/c》関係

gelatin, congeal, gel, jelly, glacial, glaciercold, cool, chill
gentle, genial, genteel; generate, genital, pregnant, genesis, genetic, genome, generation, gender, genius, genocide, genealogy, nature, native, innate, renaissancekind, kin, kindred, kinship, king
recognize, cognition, incognito, diagnosis,  note, connote, notice, notion,know, knowledge, acknowledge, can, cunning, uncouth
Q
法則⑤の解説

ゲルマン語由来の cold/coolと、口蓋化が起きたchillは同族語です。ラテン語では gelare「凍る」という動詞が対応し、派生語は gelatin「ゼラチン」, congeal「(液体が)凝固する」, gel「ジェル(状のもの)」です。<g> の文字がフランス語や英語では /dʒ/ の音になりますが、文字から cool との対応を読み取ってください。jelly「ゼリー」は gelée「ジュレ」というフランス語を英語に取り入れた後、発音に合わせて <g>→<j> と綴り直しました。glacial「氷の;氷河の」, glacier「氷河」も「凍る」のイメージから結びつけます。

印欧語幹 *genə-「生み出す」に由来する英単語は大量にあります。まずは、「生まれつきの(気立てのよさ)」に由来する kind と 「良い出自の」に由来する gentle というおなじみの単語をしっかり結びつけてください。そのつながりが見えると、genial「愛想のいい」や genteel「上品な、上品ぶった」に kind の響きを感じることができます。<gen><gn>「生む」の意味で、ロマンス語系では generate「生み出す」, genital「生殖の」, pregnant「妊娠中の<生み出す前の」、ギリシャ語系では genesis「起源;創世記」, genetic「遺伝子の」, genome「ゲノム」など。ゲルマン語系では「生まれ」が kin「血縁、氏族」, kindred「親族」, kinship「親族関係」という意味に現れ、その関係性の頂点が king「王」 でした。ラテン語系で同じ時代に生まれた人のグループを generation「世代」といい、同じ性のグループを gender「ジェンダー」と言います。特出した生まれの人物は genius「天才」です。民族全体を消し去る蛮行は genocide「ジェノサイド、民族浄化」で、生まれの系譜は genealogy「系譜学」です。gn-で始まる単語は発音のしやすさの関係で、<g> を落としたものもあります。nature「生まれたままの状態」, native「生まれた国の」, innate「生まれつきの」, renaissance「ルネサンス、再生」などに「グリムの法則」はもはや綴り字上でも見ることができなくなっています。

印欧語幹 *gno-「知る」も重要です。can は古英語では「知っている」で、そこから「やり方を知っている→できる」となりました。現在分詞形 cunning は「狡猾な<よからぬ方法を知っている」となっています。couth は can の過去分詞に由来し、否定辞のついた uncouth「粗野な<礼儀を知らない」の方が重要です。know, knowledge, acknowledge「認める<ac[=on]」もおなじみです。ギリシャ語・ラテン語系では、<gno> あるいは <g> が脱落した <no> が「知っている」を表します。recognize「認識する<見たことあるものを再び知る」, cognition「認知」, incognito「名前を変えて<知られないように」, diagnosis「診断<病気をはっきりと知ること」, note「気づく」, connote「含意する<共に気づく」, notice「気づく」, notion「概念」などが有名で、他にも多数あります。

法則⑥《ph-f-b》関係

印欧語の帯気閉鎖音は各語派で、それぞれ別の音(or文字)に変化します。ギリシャ語系とロマンス語系でも違う音(or文字)になるので、別々に表記します。ギリシャ語系の同族語が英単語にない場合も多いですので、マニア以外はギリシャ語の列は参考程度にとどめておくとよいでしょう。

ギリシャ語系ロマンス語系ゲルマン語系
metaphor, euphoriatransfer, suffer, offer, differbear, bring, birth, burden
 flower, floral, flora, flour, flourish folio, foliagebloom, blossom, blood, bleed, bless
 flame, flagrant, conflagration, flammable, flamingoblaze, blond, blind, blend, bleach, bleak, blemish, black
 refutebeat, bat, battle, debate, rebut
Q
法則⑥の解説

印欧語幹 *bher-「運ぶ」はゲルマン語で、bear「運ぶ, 生む<子どもを運ぶ」に現れます。bring, birth, burdenなどの日常語もこの仲間です。ラテン語では <f> に対応し、transfer「運ぶ」などに典型的に現れます。suffer「苦しむ]」などは、burden を背負った苦しみと共鳴するものがあります。offer「相手の元へ運ぶ」, differ「異なる<離れた場所に運ぶ」などもおなじみです。ギリシャ語系では <ph> の綴りで現れ、metaphor「メタファー<考えを運び伝える暗喩」, euphoria「至上の喜び<この上ない気分に運ばれていく」などがあります。

flower(フランス語由来)と bloom(古英語由来)と blossom(古ノルド語由来)は同族語だと意識することが重要です。いずれも「花開く」という印欧語幹に由来します。ロマンス語系では floral「花の(ような)」, flora「植物相」などが重要です。flour「小麦粉」とflowerは同じ発音ですが、もともと同じ単語で18世紀まで綴りの区別すらなかったのですが、やがて書き分けられるようになりました。ぱっと開くのは「葉」も同じで、 folio「2つ折りの紙<葉」や foliage「(集合的に)葉」も同族語です。ゲルマン語内では、「ぱっと開く」→「ほとばしる」→「血」と意味を変化させ、blood, bleed, bless「祝福する<血で生け贄を捧げる」と結びつきます。

印欧語幹 *bhel-「輝く、閃光が走る、燃える」からは色や炎に結びつく単語がたくさん派生しています。ロマンス語系の flame「炎」とゲルマン語系の blaze「(強く輝く)炎」を結びつけましょう。ラテン語系の仲間は flagrant「目に余る、露骨な<燃える火のように目につく」, conflagration「大火」, flammable「燃やせる」, flamingo「フラミンゴ<燃えるような色をした鳥」などです。ゲルマン語系では「燃える」→「輝く」のイメージから blond「金髪の」が生まれ、強すぎる光は色彩を失わせ、blind「盲目の」, blend「混ぜる<境目が見えなくなる」, bleach「漂白する」, bleak「荒涼とした<焼け跡」へとつながります。焼け焦げると小さい黒い跡が残り、blemish「汚れ、染み」, black もこれらの仲間です。あまりに強い光は、色彩の喪失、そして光を吸い尽くす黒へとつながるのは、なんとも語源の面白さを物語っています。

beatは英語本来語で「打つ」で、bat「(野球の)バット」, battle「戦い<打ち合うこと」, debate「討論<意見を戦わせる」などはロマンス語から借用されましたが、元はケルト系だとする説が濃厚で、今回は学習の都合上ゲルマン語系に入れています。rebut「論理的に反論する」と refute「誤りを証明する、論破する」は意味も似ている難単語ですが、「打ち返す」とういう発想で共通する同族語であることがわかります。

法則⑦《th-f-d》関係

法則⑦では、ロマンス語系の文字が法則⑥と同じく<f>で現れます。法則⑥と⑦だと、⑥の方が多くの単語の関係に表れるので、こちらの法則⑦はやや優先度は下がります。今までのところで不安がある人は、一度法則①から⑥までをしっかり復習してから進む方がいいでしょう。

theme, synthesis, hypothesisfact, feat, –fydo, deed, indeed, doom, deem
 figure, fiction, feign, feintdiary, dough, lady
 fume, perfume, obfuscatedizzy, doze, dust, down, duvet, deaf, dumb
 fabric, fabricate, forgedeft, daft
Q
法則⑦の解説

印欧語幹 *dhe-「置く」は各語派で最重要の基本語として生まれ変わります。ギリシャ語系ではthe-で「置く」の意味が残り、ラテン語系では facere「する、作る」で、英語では他ならぬ do になります。ギリシャ語系では theme「テーマ<置かれたもの」, synthesis「合成<syn共にthesis置く」, hypothesis「仮説<事象の下に置かれた考え」, parenthesis「括弧<周りに置かれたもの」などです。ロマンス語系だと、fact「なされたこと」, feat「偉業」, fy「~化する」などが基本で、ここには書き切れないぐらい多くの単語に現れます。ゲルマン語では、doとその名詞形 deed「行為」, indeed [=in fact]、doom「置かれた運命」と deem「~だと考える」などです。

印欧語幹 *dhegh- は生地をこねて何かを「形作る」作業です。ゲルマン語系では diary「チーズ、バターなどを作る場所;搾乳場;酪農の」, dough「生地」, doughnut「ドーナツ」はアメリカでは donut の綴りも一般的です。ラテン語系では figure「姿<形作られたもの」, fiction「フィクション<作られたもの」, feign「ふりをする<偽の姿を作る」, feint「見せかけ、フェイント」などを覚えておきましょう。雑学的ですが、ゲルマン語系の基本語 lady も古英語 hlafdige「パン(hlaf)をこねて形作る人(dige)」が縮まって生まれた単語です。

印欧語幹 *dheu-は「雲の中にいるようなぼんやりした状態」を表します。ラテン語では fumus「煙」があり、fume「激怒する<頭から煙を発する」, perfume「香水<煙のように漂う香り」などがあります。ラテン語 fuscus「薄暗い、ぼんやりとした」からは、obfuscate「ぼやけさせる」が重要です。ゲルマン語だと、dizzy「目がくらむ<輪郭がぼやける」, doze「うとうとする<意識がぼやける」, dust「ほこり<空気をぼやけさせるもの」, down「羽毛, ダウン」, duvet「羽毛(掛け布団」, deaf「耳が聞こえない<音がぼやけた」, dumb「愚かな<ものの理解がぼやけた」などがあります。

ラテン語 faber「職人」は何かを織りなすプロのことで、fabric「布地;織り方」, fabricate「でっち上げる<嘘の物語を織りなす」, forge「ねつ造する」になりました。ゲルマン語では、職人の手先に目を向け、ポジティブな意味の deft「器用な」とネガティブな意味の daft「夢中になりすぎた、愚かな」があります。

法則⑧《ch-h-g/y》関係

このグリープも法則⑦と同じく上級者向けです。古英語の綴り字 <g> は /g/, /j/ の音で発音されており、現代英語では /j/ の半母音は <y> で書くようになりました。また、ギリシャ語系では <ch> は /k/ の音価です。

charisma, eucharistexhort, hortativegreedy, yearn
xenophobiahost, hospital, hostel, hostage, hostileguest
alchemyfuse, refuse, confuse, profuse, fusiongut, gust, gush
chasmhiatusyawn, gape, gasp
Q
法則⑧の解説

印欧語幹 *gher-「好む、欲する」は子音対応の学習にもってこいです。ゲルマン語系では greedy「貪欲な」やyearn「非常にほしがる」(<古英語 giernan)にはっきり本来の意味が現れます。ラテン語では hortari「強く求める」になり、そこからよく使われるのは、exhort「熱心に勧める、促す」で、hortative「奨励の;要求話法の」は難しい専門語の響きがあります。ギリシャ系では charis「恵み、好み」というポジティブな意味になり、charisma「カリスマ<神に恵まれた能力」, eucharist「聖体祭」に引き継がれました

印欧語幹 *ghosti- は語源学の世界では有名な語幹で、原義は「見知らぬ人;もてなしを受ける、与える関係にある人」といった意味です。host「主人」と guest「客」は「もてなし(hospitality)を与える/受ける人」という関係で、同じ単語に由来するのです。hospital, hostel「ホステル」, hostage「人質(ある意味ではもてなしを受ける人)」, hostile「敵意のある<見知らぬ人に対する」も同語源です。ギリシャ語系では xeno-「見知らぬ人、異国の人」となり、英語では語頭の <x> を [z] と発音します。xenophobia「外国人嫌い」などです。法則⑧では、このようにギリシャ語系・ロマンス語系の語彙対応は統一的にはいかない部分があります。

印欧語幹 *gheu-「勢いよく注ぐ」に由来する語は、ゲルマン語系で gut「腸<消化物が注がれる場所」で、この単語は、「ガッツ」という日本語にもなっているように、「本能、直感;根性、決断力」のような全身に注ぐエネルギーといったニュアンスを含みます。gust「一陣の風」, gush「(液体が)どばどばと流れ出る」もこの仲間です。この語幹のラテン語系語彙では <f> で対応し、fuse に「注ぐ」の意味が出ます。fuse「導火線<電気を注ぐもの」, refuse「断る<注ぎ返す」, confuse「混乱させる<一緒に注ぐ」, profuse「豊富な<前にあふれ出る」, fusion「融合<液体を注いで混ぜ合わせる」 など多くの単語に見られます。注ぎすぎて空になったら、futile「無駄な、中身のない」です。ギリシャ系では、alchemy「錬金術<鉄を溶かして混ぜて合金を作る」が連想できます。

印欧語幹 *ghāi-「あくびする、ぽっかり開く」は、古英語本来語では yawn「あくびをする」(<古英語 geonian)があり、古ノルド語由来では gape「口を開けてあっけにとられる」, gasp「息をのむ」があります。いずれも生理現象を表す日常語です。ラテン語系では hiatus「断絶、中断」というフォーマルな語ですが、ぽっかり間が開く感じがはっきり残ります。ギリシャ語系でも chasm「裂け目、亀裂」に印欧語のイメージがしっかり引き継がれています。

5
Grimm’s Law in Use

【あとがき】それは、語派を超える翼である

語源を使った英単語学習で陥りがちな失敗に、「知らないことを知らないことで説明してしてしまう」という状況があります。語源は暗記のための魔法でもなく、万能薬でもありません。立派な学問的考証に裏打ちされた体系なのです。語源とうまく付き合うには、「未知のことを、既知のことと結びつける」、あるいは、「一つの事柄で、複数の事象を説明する」という考えを持ってその体系を身につける必要があります。今回はその中でも、英語語彙学習の手法としては最高難度に近い考え方を紹介しました。

英語の中には様々な語派に由来する単語が渾然一体となって共存しています。語派が違うということは、本来、相互理解不能なまでに文法や語彙が異なるということを意味します。それぐらい各語派を隔てる壁は大きく高いのです。

「グリムの法則」はその語派の壁を飛び越えるための翼のようなものです。この法則が明らかにする音変化は、世界の言語史を見渡しても、比類なきほど体系的なものだと言われています。それならば、これを味方にしようではありませんか、そう思って単語学習を最大限効果的にする方法を私自身模索してきました。

英語の語彙世界をどこまでも旅する学習者にとって、このページがささやかなガイドとなるならば、これ以上の喜びはありません。

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巷の英語教員・語学人間
2018-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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