英語の論理はこのように流れる。【英語の情報構造①】
次の英文を見てください。
① We played all kinds of sports in the park.
② In the park, we played all kinds of sports.
(その公園で私たちはいろいろなスポーツをした。)
これら2文が伝える内容とその情報量は同じです。学校で英語を習うとき、まずは①のような文を単文で書いたり話したりすることが多いと思います。一方、英文を読み慣れてくると、②のような言い方にもよく出会います。これら2文は、本当に同じでしょうか。
例えば、次の英文を先行させてみましょう。 最初の①と②の英文のうち、□にはどちらがより自然にフィットするでしょうか。
ⓍThere used to be a small park near our school. □
(私たちの学校の近くには、小さな公園があった。□)
こうした文脈を設定すると、後続する□の部分には、②の In the park, を文頭に持ってきた英文が来るのが自然に感じられます。つまり①と②は、同じに見えますが、使用場面が異なるのです。
なぜ、語順だけでこのような違いが生まれるのでしょうか。その手掛かりが「情報構造」という英文法の考え方です。今回は、英文法の最難関の一角である情報構造について、中学生でもわかる例を使いながら大原則を説明します。
私たちが文を発するとき、その文は何らかの情報を含みます。まとまりのある文章は、それぞれに情報を含んだ文の集まりです。
英文に含まれる情報は、大きく2つに分けることができます。一つは、初めて出てきた情報です。これを言語の世界では「新情報」といいます。もう一つは、既に出てきてもう知っている情報です。こちらは「旧情報」です。
例で考えましょう。
I saw a boy in the room.
The boy was sleeping.
部屋の中に男の子がいるのが見えた。
その男の子は寝ていた。
2文目を見てみましょう。主語の The boy は冠詞がついていることから、前文で出てきた少年のことを指していることがわかります。既に出てきていて、読み手が了解済みの The boy の部分を旧情報といいます。一方、be動詞の後で、この少年が「何をしているか」が初めて提示されます。この sleeping の部分を新情報といいます。
通常の書き言葉では、最低でも1文につき1つ以上の新情報が含まれます。新情報だけの文もありますが、多くの場合、新情報と旧情報を組み合わせながら英文は進んでいきます。そして、新情報と旧情報を組み合わせ方のことを、「情報構造」というのです。
情報構造を頭に入れておくと、英文の自然な流れを意識しながら書き手の論理を読み解くことができます。これは英文読解において、語彙力や文法の知識と並ぶ、非常に強力な武器になるのです。
旧情報
→すでに出てきたもの。常識から当然了解されているもの。
新情報
→初めてできたもの。情報価値が高いことが多い。
情報構造
→英文における新情報と旧情報の組み合わせ方。
通常の書き言葉における情報構造には大原則があります。
旧情報→新情報の順に文に現れる。
今回は、実例を見ながらこれを確認していきます。最終的には旧情報と新情報のそれぞれの役割が少しだけでも理解できるようになることが目標です。
冒頭の例をもう一度考えます。
ⓍThere used to be a small park near our school. In the park, we played all kinds of sports.
(私たちの学校の近くに小さな公園があった。その公園で、私たちはいろいろなスポーツをした。)
1文目で a small park near our school という名詞が導入されていますので、2文目の In the park はすでに出てきたもの、つまり旧情報です。2文目において、述語動詞句の played all kinds of sports こそが情報価値が高い部分で、こちらが新情報となります。旧情報の In the park は、この文において、いわば新情報を導入するための背景を用意する役割があります。文全体で、旧情報→新情報という流れにするために、旧情報 In the park を文頭に持ってきているわけです。これにより、前文を受けて話が自然に展開していきます。
英文の論理が展開していく場面の典型例
ある文で出てきた新情報は、後続文では旧情報として機能し、新たな新情報を導入する。これによって話を展開していく。
文1: 旧→新
↓
文2: 旧→新
↓
文3: 旧→新
もちろんすべての英文がこんな単純な図式で表されるわけではありませんが、今回はこの大原則を理解するのが目標です。
練習問題1
英文の情報構造という観点で考えると、最も不自然に感じられる英文はどれか。
A: We gave the boy a book.
B: We gave a boy the book.
C: We gave him some books.
考え方: 旧情報→新情報の流れになっていないものを探す。
- 解答と解説
-
B が最も不自然。
A: the boy 旧 → a book 新
B: a boy 新 → the book 旧
C: him 旧 → some books 新
一般的に、新情報は不定冠詞で導入されたり、無冠詞になることが多い。代名詞や定冠詞つきの名詞は、一度出てきたものや了解されているものであるので、単文で見ると旧情報となる。もちろん、文脈次第では定冠詞付きの名詞が十分に情報価値が高い新情報になることもあるので、これは非常に単純化した例ということで理解するとよい。
Bのような意味の英文を書くときは、実際には We gave the book to a boy. (その本は、とある少年に、あげた)となるように、情報構造を旧→新の流れに合わせることが多い。
練習問題2
次の状況で述べる文として、より適切なものを選びなさい。
状況①
トムは、「不要になった自転車を誰かにあげよう」という話を友人にしていました。後日、その友人から、「自転車は結局誰にあげたの?」と聞かれたときのトムの返事。
A: I gave Mary the bicycle.
B: I gave the bicycle to Mary.
- 状況①の解答
-
B
「その自転車を誰にあげたか」の話をしているので、the bicycle が旧情報で、to Mary が新情報となるため。
学校文法では、SVO1O2は、SVO2 to/for O1 と書き換えることができると習う。では、両者の違いは何だろうか。
情報構造の観点から言うと、A文は「メアリーに何をあげたか」を述べる文であり、「その自転車を」が新情報となる。一方、B文は「その自転車を誰にあげたか」を述べる文であり、「メアリーに」が新情報となる。
もちろん、会話では音声による強調も可能で、A文の Mary の部分を強く読むことで情報価値を高めるような発話とすることも可能である。
状況②
英文学の講義で、先生が「今日はハムレットについて話します」といって話を始めました。これに続く発言。
A: Shakespeare wrote it.
B: It was written by Shakespeare.
※ it = Hamlet
- 状況②の解答
-
B
ハムレットの話をしている文脈で、それについての「シェイクスピアが書いた」という新情報を追加しているから。
受動文が使われる理由はいくつかあるが、その一つがこのように英文の情報構造を整理するためである。能動文の目的語を主語位置に持ってくることができる受動文は、旧情報の名詞を文頭に持ってくるための一つの手段となる。
情報構造の観点から簡単に言うと、A文は「シェイクスピアが何をしたか」を述べる最も普通の文であるのに対し、B文は「(いま話題にしている)ハムレットとはどんな作品か」を述べる文である。受動文で《by動作主》がB文のように明示された場合、その情報に強い焦点が置かれることが多い。
冒頭に挙げた、”In the park, we played all kinds of sports.” は、場所を表す副詞句を文頭に持ってきた文で、場所句の後にはSVという通常の語順が続いています。
一方、場所句を文頭に出したとき、次の例のように後続の《SV》が《VS》の語順になるよう倒置が起きることがあります。中学2年生向けの教科書から引用します。
On their shoulders, they were carrying a coffin. There was an Afghan flag on it. Inside was the body of Nakamura Tetsu.
肩の上に担いで彼らは棺を運んでいた。その上にはアフガニスタン国旗がのっていた。その中には中村哲さんの遺体が横たわっていた。
出典: NEW TREASURE ENGLISH SERIES Third Edition Stage2 (Z会)
下線部において、定動詞 was の前に出てきている Inside は場所を表す副詞句で、後ろの the body of Nakamura Tetsu が文の主語です。場所句 inside の後でSV→VSになるように倒置が起きています。
こういった現象のことを「場所句倒置構文」と呼んだりするのですが、そもそもなぜこの語順が要求されるのでしょうか。
結論から述べますと、書き言葉において、この構文は、旧→新の情報の流れに合わせるために使われます。
この文章はアフガニスタンでの人々の生活改善に尽力した中村哲医師についての文章の冒頭で、カブールの空港で葬儀が行われている場面から始まります。文頭の Inside は、「(前文までに言及されている)棺の中に」という旧情報です。これが the body of Nakamura Tetsu という新情報を舞台に導入する背景になっています。
この文章では、下線部で初めて Nakamura Tetsu という主人公の名前が示されます。いわば、作者にとってはとっておきの新情報なわけです。これを、倒置がない通常の “The body of Nakamura Tetsu was inside.” という文で導入してしまうと、旧→新という情報の流れに逆らってしまい、中村哲という名前に焦点が当たらなくなります。また、SVを維持して *Inside, the body of Nakamura Tetsu was. とすると文法的に非常に不自然な英文となります。そのため、筆者は倒置という手段を使い、SVという通常の文構造に反してまで、旧情報→新情報の流れを保っているのです。
練習問題3
下線部の文主語は何か。また、この語順になっているのはなぜか、情報構造という観点から答えなさい。
Soon after turning 20 years old, I had decided to travel to a foreign country for the first time. Next to me was my good friend Shinji, eagerly gazing out the window.
引用元: 2024年大学入学共通テスト追試験リーディング第5問
- 解答
-
主語は my good friend Shinji (, eagerly gazing out the window)。
旅行に行くことにしたという前文を受けて、下線部では旅行中の様子に話が切り替わっている。(やや唐突な場面転換だが、エッセイの技法としては許容される程度である。)
Next to me は「私」という存在からあらかじめ想定される場であるため、旧情報として後続の新情報 my good friend Shinji (ここで初登場)を導入するための背景となっている。分詞構文的に用いられている eagerly gazing out the window もShinji の人となりをさらに詳しく述べる新情報である。
全体として、旧→新に情報を整理するため、場所句倒置構文が用いられている。
- 【専門的な補足①】共時的な視点から
-
場所句倒置が起きるとき、次のような語用論的制約があります。
(Huddleston/Pullum[邦訳2020: 48])制約①
前置される句が表す情報は、当該の談話において、後置名詞句が表す情報よりも新しいものであってはならない。この節で述べた通り、旧→新の情報構造を必ず保たないといけない制約ということです。
制約②
用いられる動詞は、当該の談話において、新しい情報を表すものであってはならない。つまり、動詞そのものには存在や出現のみの意味を表し、それ以上の語彙的な意味があってはいけないということです。場所句倒置構文で現れることができる動詞は、次のような動詞です。これらは、There構文でbe動詞 の代わりに使うことができる動詞でもあります。
存在を表す動詞 be, exist, remain, lie, etc. 発生・出現を表す動詞 come, appear , etc. 参考: 富士(2018:46)
- 【専門的な補足②】通時的な視点から
-
言語史的な視点からの補足です。
古英語では、現代英語とは異なる次のような特徴がありました。
①冠詞が確立していない。
②語順が比較的自由。現代では冠詞の使用が義務的な場面でも冠詞(の元となった単語)が使われない場面も多かった古英語では、新情報を不定冠詞で、旧情報を定冠詞で導入する情報の提示方法が確立していません。一方で、古英語では現代英語では当たり前のSVO語順という規則も未確立です。そのため、SVOではなく、OVSのような語順になることも珍しくありませんでした。冠詞がない場合は、Vの前が主題としての旧情報、Vの後が焦点を受ける新情報として提示される傾向があったとされています。名詞そのものが格語尾をもっていて格を表示できたので、OVSという語順でも誤解が生じることはありませんでした。
時代が流れ、語尾による格表示の方法を失った英語は、SVOという語順をデフォルトにしました。それによって、動詞の前は主語、動詞の後ろは目的語という格表示の方法へと移り変わります。冠詞が情報の新旧を担うようになったのも、こうして語順の制約が厳しくなった結果だという見方もできるわけです。本節で話題にしている場所句倒置構文は、そういった厳しい制約がある英語の語順の定石をあえて外す構文であることを押さえておくことは、情報構造の把握に役立ちます。
ちなみに、英語と違って格表示の方法が残っている現代ドイツ語において、英語で「場所句倒置構文」と呼ばれるような語順の文は、話し言葉でも当たり前に使われる語順です。こういった知識も英語の語順と情報構造を捉える時の助けとなります。
参考: 保坂道雄 2014『文法化する英語』第2章 冠詞の文法化, pp11-19
今回の話をひっくり返すようですが、情報構造だけで英文の語順が決まるわけではありません。その点はご留意ください。何でもかんでも旧→新の順で提示される訳ではないので、あくまで大まかな原則ということで理解しておきましょう。語順というものは、情報構造以外にも、文法、文脈、発話状況、発話者の文体・口調・癖など、様々な要因によって決まるものです。
それでも、この旧→新という原則を知った上で英文を読んでいくと、筆者の論理意識とぴったり寄り添った読解体験につながるのは確かです。文章読解において、話の流れは極めて捉えがたいものですが、当該言語において、多くの人間が自然に感じる情報の提示順というのがあるものです。それを知っておくことは、理解や表現の強力な武器になります。
中学校で同じ意味だと習う次のような文を考えましょう。(太字部分が新情報。)
We’ll stay home if it rains.
If it rains, we’ll stay home.
こうした文を見て、上の文では、家にいるための条件を述べているのに対し、下の文では、雨がふったら何をするかを述べている、という前提に立って文章を読むことには大きな意義があるのです。(たとえ、その前提が常に正しいとは限らないにしても、です。)
これがわかると、受動文、There構文、分裂文(=強調構文)、倒置構文の存在意義が本当の意味でわかってきます。
今回は、英語の情報構造への導入ということで、少し丁寧に原則を説明しました。気が向いたら、また続編を投稿するつもりです。
- 北村一真 2019『英文解体新書』研究社
[情報構造の原理原則を掴むためには、まず本書の2章3章から始めるのがよい。学参の体裁をとっており、実例が多く示されるので高校生でも無理なく読める。この部分をしっかり理解した上で大学入試の問題に取り組んでみると、また違った読解の次元に到達できるはずである。] - 富士哲也 2018『英文読解のグラマティカ』論創社
[論理読解を扱った数少ない参考書にずっと君臨してきた本である。筆者独自の用語や説明を使い、論理構造を読み解くことにフォーカスした解説がなされている。使われる例文といい、触れられる技法といい、大学受験レベルとしては最高峰のものであるが、これを身につける意義は大きい。] - Huddleston/Pullum[著], 畠山雄二[編], 保坂道雄(他)[訳]『「英文法大辞典」シリーズ9 情報構造と照応表現』開拓社
[こちらは本物の専門書で、どちらかというと英語を教える人向けである。現代英語の精緻な観察から情報パッケージのあり方が解説される。焦点や談話における新旧と聞き手にとっての新旧など、重要な概念が多いので、こだわりがある人は持っておくとよい。]
