語学エッセイ

【2025年のベスト本】『英語語源ハンドブック』について、思ったことを全部言う。

imaizumisho

ブックレビューのようなものは、このサイトの推薦本のページで行ってきた。全部合わせると200冊ぐらいにはなるのではないかと思う。そのため書評のようなものをメインの記事にすることは今までなかったのだが、今回は試みたい。ここに紹介するのは、2025年に研究社より発行された『英語語源ハンドブック』(唐沢一友・小塚良孝・堀田隆一[著])である。

この『英語語源ハンドブック』の最大の意義は、英語史の専門家によって書かれた英語語源に特化した本であるということである。専門書で扱われるような内容に多くの学習者がアクセスできるように丁寧な解説がなされている。この本を通読することで、音韻変化・意味変化・語形変化・綴り字の変遷・借用の方式など、語彙における「言語変化」の背景を一通り学べるようになっている。そうすることで、語彙の歴史を通して英語という言語の歴史全体が浮かび上がる。そのような本は従来なかった。それ故、この『英語語源ハンドブック』が世に出た意義はあまりに大きい。

語源を巡る教材の現状

思えば、英語学習の分野で語源の有用性が謳われるようになって久しい。語源を活用すると多くの単語を結びつけて暗記できるため、「暗記が楽になる!」「単語の本来の意味がわかる!」といった宣伝文句で語源を扱う教材はここ20年ほどで確実に増えてきた印象がある。

学参の棚に並ぶ多くの語源本は、実に様々である。中でも多いのは、ラテン語幹(たまにギリシャ語幹)を挙げて、それに関連する単語を列挙する形で覚えやすくするものである。例えば、spect という語幹は「見る」という意味であるため、inspect「視察する<中を見る」、perspective「視点<通してみる視点」、spectator「観客<見る人」といった具合に単語を提示するのである。英語の語源はラテン語幹から比較的多くの単語を導き出すことができるので、この手法は暗記に苦しむ学習者にお手軽な救済を与えてくれる。そして、そういう本はよく売れる。要するに、語源は割と「いい商売」になるのである。

一方で、そうした教材の中には学術的には裏付けに乏しい記述が見られることも多い。私の手元にある学習単語帳から例を挙げる。

学参に見られる誤った語源説明

heritage
< here-[くっつく] + -age[抽象名詞語尾] → 先人にくっついたもの

[正しくは、herit- はラテン語 hērēs「後継者」に由来し、英単語 hair「相続人」、inherit「相続する」などと同根。ラテン語 haerere「くっつく」に由来する hesitate「ためらう」、adhere「くっつく;信奉者」とは別語源。]

kingdome
<king[王] + -dom[家] →王の家

[正しくは、-dom は wisdom などに見られる抽象名詞・集合名詞を作る語尾で、doom「運命;判決」、do, deed などと同根。kingdom は「王である地位、王の領域」といった原義。ラテン語 domus「家」に関連する単語 domestic, domain などとは別語源。そもそも英語本来語にラテン語由来の接辞を付けるような派生はあまり多くなく、古英語においては皆無といってよい。kingdom は古英語からある単語。]

humid
<hum[土] →「(土の周りには)湿気がある」 

*human「人間(←土の上を歩くもの)」
[正しくは、humid は印欧語幹 *wegw-「湿った」に由来する。印欧語幹 *dhghem-「大地」に由来する human, humble, humiliate とは別語源。「土」に関連する human が「人間」を意味するのは、天にいる「神」に対する存在であるからである。]

ここに引用したのは竹岡宏信氏による『必携英単語LEAP Basic』(数研出版)に見られた語源説明である。著者は有名な英語講師で、我が国に英語の語源を使った学習を広めた功労者の1人でもある。そういった著者の本にも、学術的には正しくない語源記述が、1冊の中で20カ所以上は見られる。

語源とは便利に見えて、このように実は扱うのが難しい。実際にそれを語るには複数の古典語の理解と、祖語との抽象的な対応関係を捉えるための深い知識が必要なのである。いつの日からか世に出回るようになった「語源本」は、そうした学術性を無視した、いわば「語源の無免許運転」状態に陥っているものが多く見られるようになった感が否めない。

もちろん、学参と専門書は存在理由と目的が異なる。我々の語学においては、単語なんて、語源的にどれだけ不正確だろうが、とにかく「覚えた者が勝ち」である。例えば、fluent「流ちょうな」というロマンス語由来の単語を覚えるときに、(語源的には無関係なのだが)本来語の flow「流れる」と関連づけて覚えること自体は私は悪いとは思わない。むしろ、覚えるために役立つなら推奨されるべきであるとさえ考える。
そういうわけで、上に挙げた竹岡先生による『必携英単語LEAP』は語源説明に誤りは散見されるが、単語帳としては極めて優れていると私は思うし、教材として自分も何度も採用しているという点も一応述べておく。

ただ、本来、語源とは体系である。目の前の一語を覚えるための方便ではない。fluent と flow を結びつけると、目の前の一語を覚えやすくなるかもしれないが、大局的に見たらデメリットもある。借用語と本来語を混同すると、使用場面や語形成法が理解しずらくなる。つながるべきでない点と点をつなげてしまうと、本来つながるはずの関係が見えにくくなることもあるのである。

本当に英語の語彙に強くなるには、言語の体系を身につけることが必要なのである。少なくとも、上級レベルを目指す人や、英語の教え手などは、語源を使うなら、しっかりと体系を身につける方が良い。

おなじみの単語から抽象的体系へと導いてくれる教材は、専門書でも一般書でも従来なかった。そこで登場したのがこの『英語語源ハンドブック』である。誰もが知る単語を入り口に、ほとんどの人が知らないであろう語の変遷、つながりを見いだすための書である。

通読してみて

『英語語源ハンドブック』は辞書のような体裁を取っているが、実際には通読するものである。通読することでその意義は何倍にも膨れあがる。本書で見出し語として扱われる単語はJACETに基づく英語の基本語1000語である。基本語であるから、a, the などの冠詞や my, him などの代名詞、in, for などの前置詞も含む。

そんな単語の語源を知ってどうするのかと思う人もいるかもしれない。私自身、語源とは難度の高い単語を扱うときに語ることが多く、基本1000語だけを見出し語としたと聞いたときはあまり興味を引かれなかったのは事実である。

しかし、この1000語の威力がすごい。すさまじい。

基本語から言語の語彙全体へと目を向けることが、ここまで新鮮な体験になり得るということを私も初めて知った。音韻変化、語形変化、意味変化、借用借用借用による二重語、三重語、果ては六重語まで、単語はわずかな手がかりからどんどん広がっていく。レキシコンという座標空間内で複数の図形が浮かび上がり、さらに時空を超えることでその形は刻一刻と変化していく。カバーに記された「見慣れた単語から、英語が四次元的に見えてくる。」という宣伝文句は大げさではない。

そうした体験は、本書を通読して初めて味わえるものである。時間はかかるかもしれないが、有益な読書体験になることは間違いない。

一昔前は、学校で英語を習う目的など、英語が使えれるようになればOK、という感覚が私にもあったのだが、今は時代が変わっているのを感じる。AI時代に人間に求められるのは、真の言語能力である。これに関しては、母語も外国語も区別はない。言語を通して複数の物事の関連を抽象的に捉え、一外国語を超えてもっとユニバーサルな言語能力を磨く訓練が必要である。この本を何度も読んで重要事項を暗記していくことは、その手段の一つとなりうる。

注意したいこと

『英語語源ハンドブック』は優れた本だが、使うにあたって注意事項もある。語源を扱う際に私がいつも感じるのは次の2点である。

1つめは、語源とは最終的には「よくわからないもの」であることも多いということである。元も子もないようだが、古い言語の手がかりは限られた文献である。古い言語の何がどうなったかなんて、多くの場合推測の域を出ない。語源というものは、現状を踏まえた上で、最も標準的に思える理論によってかろうじて積み上げられた構築物ということだって珍しくない。

要するに、語源は神様のような存在ではない。過度にありがたがると、言語の本質を見失うことにもつながりかねない。語源に人生訓やら生きる道筋やらが見いだせることもあるかもしれないが、そんなときこそ冷静に言語本来の姿を観察する方がいい。私も一介の言語マニアであり、なにかと語源で一刀両断したくなる場面があるのだが、そんなときこそ語源を鞘に収める選択ができることも、また大切である(竹岡先生ごめんなさい)。『英語語源ハンドブック』は強力な武器にもなるので、使い方にも留意していきたいと思う次第である。

注意事項の2つめは、『英語語源ハンドブック』に出てくる数々の古典語の単語や語形を本当の意味で理解するには、実際にその古典語を勉強するしかないということである。このことは、ハードルの高さ故、あまり指摘されることがない。ただ、残念ながら疑いようのない事実であると私は思う。古典語を言語として知っているということは、いまの言語の姿を語る上で避けては通れない。英語について語るために古英語、ギリシャ語、ラテン語、フランス語、古ノルド語を勉強するなんて、本末転倒のように思える。その時間を現代英語の勉強に費やした方がよっぽど試験のスコアは上がる。ただ、実際に古い言語を勉強した人にしか見えない言語の姿があるし、聞き取れない言葉の響きがある。それを身につけるのは相当な労力を伴うが、その価値は、機械翻訳が進んだ現代においても、なかなかに棄てたものではないと私は感じている。

『英語語源ハンドブック』は、古典語を知るための足がかりとしてとても重宝するはずである。願わくば、この本をきっかけに、少しでも英語に関係が深い別の言語の世界へ足を踏み入れる人が増えてほしい。

このサイトの理念も実際にはそんなところである。

読書ガイド

最後に、この本をどう読んだらいいか考えてみたい。もちろん、参考になるかはわからない。

まず、本書は通読すべきである。通読した後、何度も読み直すものである。私は一度通読した後、再読用にチェックしていた箇所をもう一度すべて読み直した。といっても時間がなくて通読は厳しいという人に向けて、完全に私の独断で読むべき単語を選定してみた。このページの最後に載せているので、参考になればと思う。

この本の説明は親切で詳しいものであるが、紙面の関係で深入りできなかったであろう事項もたくさんあると推察される。限られたページに情報を盛り込まないといけない筆者の苦労は推して知るべしである。本来なら1単語について何十ページだって語れる単語を短い説明にまとめているのだから無理もない。その分、余白は読み手に委ねられている。手元に語源辞典、類語辞典、詳しめの英語辞典、英語史概説書があるなら、自分で調べた関連事項をどんどん書き込んでいくのもよいだろう。2026年現在、語源に関しては、生成AIやネット情報は不正確なものも多い。一方、単語の意味や用例、他言語での表現、古典語の語形変化などについては、AIの情報は参考になることが多いので、必要に応じて活用するのも手である。

本文の中で知らない用語が出てきたら、巻末の用語解説で必ず確認する方がよい。むしろ、先に用語解説から読んでもいいぐらいである。特に「グリムの法則」を理解せずして本書を読むのはあまりにもったいない。【グリムの法則】【ヴェルネルの法則】【ウムラウト】はこのサイトでも詳しく解説しているので、適宜参照してもらいたい。

私は別にAから読み進めなくても、好きな文字から読み進めたらよいと思う。ゲルマン語の単語が好きならWからとか、ロマンス語系の単語が好きならPやVから読む、とか自由である。グリムの法則に触れたいならB, F, H, Tなどから読んでも良いだろう。(私のおすすめはBで始まる単語たち。)とりあえず語数が少ない文字から読み始めると達成感を得やすい(?)かもしれない。あと、巻末の「テーマ別」は最重要である。

主要参考文献(p.412)に挙げられている本は硬派なものばかりだが、手元にあるとよいのは寺澤芳雄『英語語源辞典』である。Calvert Watkins による “The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots” は、印欧語>各古典語>現代英語のつながりを見いだすのには便利だが、使いこなすのは難しい上級向けの本である。

おまけ

時間がない人は、この単語から読んでみてはという提案です。私の独断と好みが多分に含まれます。太字は英語の語源を知る上で特に重要なもの。

a, alive, animal, another

be, bell, bike, blue, book, bury

car, century, check, choose, courage

daughter, do

egg, else, end, enough, eye

far, father, fine, first, fish, food, friend

garden, give, go, guest

have, head, help, hill, house, human

island

just

king, kitchen, know

less, light

many, may, milk, mind, morning, much

near, nice

old, of

pen, pet, plant, pretty, purpose

quickly

read, remember, restaurant, ride, right

sad, same, -self, sign, since, site, snow, sound, soup, south

teach, tent, the, third, thousand, tooth, true

university, until

very

wait, walk, want, war, watch, way, what, world,

yes

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巷の英語教員・語学人間
2018-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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