第二次子音推移(高地ドイツ語子音推移)を理解する。【ゲルマン語からドイツ語へ】
英語を勉強した後にドイツ語を習うと、いくつかの英語の音がドイツ語では規則的に違った音で現れているのに気づきます。たとえば、water-Wasser, eat-essen, better-besser などなど。
その背景を探るべく、今回は、グリムの法則として知られる第一次子音推移から1000年以上経った後に起きた第二次子音推移(高地ドイツ語子音推移)について、できるだけわかりやすく言語学的な解説をしていきます。何がその単語を「ドイツ語っぽい」という響きにさせるのか、その答えを探りに行きましょう。
概要と第一次との比較
第二次子音推移は初めて見るとやや複雑に見えるかもしれませんので、まずは簡単に概要を述べておきます。
○6~9世紀、ゲルマン祖語が古高ドイツ語に分化するまでに起きた子音推移。
○現代の標準ドイツ語に連なる高地ドイツ語を特徴づける。
○ゲルマン語の無声閉鎖音が環境により、破擦音あるいは摩擦音に変化した。
○方言圏により起きた度合いが異なる。(北部に行くにつれ子音推移の度合いが弱まる。)

第一次子音推移は印欧語からゲルマン祖語にかけての子音変化であり、それを経験したゲルマン語を特徴づけるものでした。この結果、印欧語族の中でゲルマン語派に特徴的な子音体系が生じます。
第二次子音推移はゲルマン語(西ゲルマン祖語)から古高ドイツ語に至るまでの子音変化です。これにより、ゲルマン語派内で、現代ドイツ語の母体となった高地ドイツ語が特徴付けられることになります。英語を含むゲルマン諸語とドイツ語で規則的な音の対応が見られるのは、この子音推移に拠るところが大きいわけです。
第二次は第一次と全く違う時代に起きたものですが、似ている点もあります。両者の共通点と相違点を把握しておくことはこの変化を理解する上で有意義です。
第一次子音推移との共通点
○無声閉鎖音→摩擦音になる方向の変化。
○ただし、摩擦音が先行する *sp, *st, *sk の連続では子音変化が阻害される。
○最初の変化を補うように有声閉鎖音から無声閉鎖音を再獲得した。
第一次子音推移との相違点
○方言圏によって子音推移が及んだ度合いが異なる。南部の上部ドイツ語地域で最も幅広く起こり、北部に行くにつれ波及の度合いは弱まる。
※上部や高地・低地というのは、海抜が高い・低いということであり、方角とは無関係。
第一次子音推移では印欧語の無声閉鎖音/p,t,k/が無声摩擦音/f,θ,x/に変化する変化があり、それで失った音を補うように、3つの系統の変化が連鎖的に起きたのでした。第二次子音推移でも、音の変化は同様です。大まかに見ると次のようになります。
無声閉鎖音 p t k
↓破擦音化(第一段階)
無声破擦音 pf ts kx
↓摩擦音化(第二段階)
無声閉鎖音 f s x
- 【音声学の基礎知識】破擦音とは
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破擦音とは、閉鎖音を作るように口腔内の空気を一度完全にせき止め、解放する際に同じ調音点から摩擦音を出すようにする音です。/ts/ の破擦音では、/t/ を発音する時のように舌先で歯茎あたりの空気の流れを完全に止め、解放同時に /s/ の摩擦音を続けます。破擦音を1つの音素とするか、閉鎖音と摩擦音の連続とするかは専門家によっても意見が分かれるところですので、深入りしません。
ドイツ語学習に際しては、破擦音は2つの音ではなく、1つの音として一気に発音するように意識することが重要です。特に pf は p を言う瞬間にはすでに f の音が出ているような感じで発音するとうまく聞こえます。
また、後述するように、最南部で生じた kx の破擦音は、現代の標準ドイツ語には受け継がれませでした。
この結果、高地ドイツ語は、第一次子音推移で獲得した p, t, f という基本的な無声摩擦音を失うことになりますので、これを新たに b, d, k から再獲得します。これも第一次子音推移と同じです。
相違点としては、第一次子音推移はゲルマン語の文献が残る前の理論的に再建された音変化であったということです。これは、古い文献を手がかりに理論的に「こういう変化があった」と言語学者が後から遡って計算したものです。理論的に構築された公式ですので、すべてのゲルマン語の単語に当てはまります。これは当然の話であって、この変化がもれなく当てはまっている言語をゲルマン語の単語と呼ぶことにしたからです。古い文献に見られる単語で、グリムやヴェアナーの音法則で説明がつかないものは、もはやゲルマン語の単語ではないとされるわけです。(こういったものはケルト語やラテン語からの借用という場合が多いです。)
このように理論的にきっちりと公式化されている第一次と異なり、第二次子音推移は文献が残りつつある時代に拡大していった現象です。一般に、現代の南部地域(上部ドイツ語と呼ばれる)ではこの変化が最も幅広く進みましたが、北に行くにつれその度合いは弱まります。現代の標準ドイツ語は南部地域のドイツ語を基盤としつつも、様々な方言の要素を取り合わせているので、ドイツ語だから必ず第二次子音推移を経験しているとは限りません。これは完全無欠の第一次子音推移と異なる点です。ただ、この時代の方言圏の相違は、大きく変わることなく現代まで受け継がれているので、ドイツ語内で方言の違いを考える際にもこの1000年以上前の変化を知っておくことは重要です。
- 【補足】英語とオランダ語とドイツ語
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第二次子音推移を大部分経験した高地ドイツ語とそれを経験しなかった低地ドイツ語では、音に関して別々の道を歩むことになります。西ゲルマン語に属する3つの言語を比べると、音に関しては英語とオランダ語は同じ音だけど、ドイツ語だけ異なる音になる場面があります。そのような場合、第二次子音推移に原因があることが多いです。
ただし、先述の通り、第二次子音推移はグラデーションで進んだ変化で、現在のドイツ語も様々な方言の集合体です。これはオランダ語も同様に当てはまります。そのため、第二次子音推移=ドイツ語、それ以外=オランダ語という単純な図式では捉えられない点には注意が必要です。この点に関しては、いずれ別の記事で解説しようと思います。
英語 オランダ語 ドイツ語 apple appel Apfel book boek Buch ten tien zehn ドイツ語の太字の子音は第二次子音推移を経験している
子音変化を理解する
第一次と同じく、3つの系統に分けて考えます。
①破擦音 or 摩擦音化
②無声化
③その他雑多な変化(第二次子音推移には含まない)
メインの変化は①破擦音or摩擦音化です。②はそれを補うように起きましたが、歯茎音以外ではほとんど広まりませんでした。③は第二次子音推移とセットで語られるその他の雑多な変化です。概説書によって①のみを第二次子音推移と呼んだり、②までを含めたりと様々です。
①破擦音化・摩擦音化
第二次子音推移のメインの変化を理解するときは、次のように考えるといいです。
ゲルマン語の無声閉鎖音(p,t,k)は、
破擦音/pf, ts, kx/に変化した。
さらに、
母音の後ではそれが摩擦音/f,s,x/に変化した。
- 【発展】さらに詳しく場合分けするなら
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厳密に言うと、[α]母音の後以外は、さらに(V)語頭、(W)重子音、(X)子音の後に分け、[β]母音の後は、(Y)語中か(Z)語末かで分けて考える必要があります。それを考慮すると、最も現代語に近い方言圏での変化の度合いはおおよそ次の表のようになります。
t > p > k > (V) z [ts] pf k (W) z pf k (X) z pf / f k (Y) s(s) f(f) ch [x] (Z) s f ch [x] ただこの記事では(V)から(Z)の区別までは踏み込みません、詳しくは参考文献の書籍を参照してください。
要するに、無声閉鎖音は通常は破擦音に変化したのですが、母音の後では、さらに閉鎖を完全に欠いた摩擦音になったわけです。(これはあくまで理解のための方便だと思ってください。)表にすると次のようになります。ここでは《[α]母音の後以外》、《[β]母音の後》で分けて考えましょう。

この表についての補足です。
- 《[α]母音の後以外》は、語頭、重子音、子音の後の3つを指します。重子音では、西ゲルマン語子音重複で獲得した重子音 -pp-, -tt-, -kk-(-ck-) も対象となります。
古語では、綴りによる重子音は、発音上も長く読む長子音(<pp>=[p:])です。一方、現代語では綴り上の重子音は前の母音を短く読むための表記で、発音上は単子音です。古語と現代語では子音を重ねるときの役割が違うことに注意しましょう。 - [α] t>ts は最も広く、ドイツ語圏全体で見られる。
- [α] p>pf は子音の後でやや制限があり、現代の標準語は mpf は残すが、lpf, rpf は、バイエルン方言・アレマン方言の lf, rf が優勢。(ex. Kampf, helfen, werfen)
- [α] k>kx は上部ドイツ語圏(バイエルン方言・アレマン方言)にだけ起こり、現代標準語には引き継がれていない。そのため、ゲルマン語の k は現代ドイツ語でもkで残る。(ex. ドイツ語 Werk と英語 work)
- [β] 母音の後での摩擦音化は、3の子音すべてで高地ドイツ語圏全域で起こり、現代まで引き継がれる。
以上が第二次子音推移のメインの変化です。
- 【補足】阻害条件
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第一次子音推移と同じく第二次子音推移もいくつかの子音連続により阻害が起きます。
まず、ゲルマン祖語 *sp, *st, *sk のように摩擦音 s が先行する閉鎖音は、第二次子音推移を受けません。英語とドイツ語を比べても、spring-springen, stand-stehen のように、同じ子音字が現れます。ドイツ語では、語頭/s/+子音において、/s/>/ʃ/の変化が初期近代高地ドイツ語期に起きたので、発音はやや英語から離れてしまいました。ゲルマン語 *sk は英語でもドイツ語でも次第に /ʃ/ という発音になっていったので、sharp-scharf のように綴りは違いますが、同じ音として現代に伝わっています。
第二次子音推移は、*tr の子音連続でも阻害されました。そのため、true-treu のように同じ音で伝わります。また、次の変化/d/>/t/を反映して、ドイツ語の<tr>は特に語頭では英語の<dr>に対応するということもよくあります。drive-treiben, drink-trinken など。古高ドイツ語の <tr> が現代では文字の入れ替わりで見えなくなっているときも、第二次子音推移は阻害されています。例えば、ゲルマン祖語 *bitras (<印欧語 bhidras)には、*tr の子音連続が含まれるので、ここで *t に対して第二次子音推移 /t/>/s/ は阻害されています。そのため英語 bitter とドイツ語 bitter は同じ綴りとなるわけです。(cf. better-besser)
②無声化
①のメイン変化で高地ドイツ語は最も基本的な閉鎖音/p,t,k/を失います。それを補うように有声閉鎖音/b,d,g/から無声閉鎖音を補います。
ゲルマン祖語 b, d, g
↓
高地ドイツ語 p, t, k
このうち、現代語に残るのは真ん中の d→t の系列だけで、残りの二つは上部ドイツ語圏だけで一部見られますがそれ以上広まりませんでした。
d→t の例では、現代英語とドイツ語の daughter-Tochter など、ドイツ語学習でもおなじみのものが多いです。
その他の雑多な変化(第二次子音推移に含めない)
★ロータシズム /z/>/r/
北ゲルマン語と西ゲルマン語で個別的に幅広く起きた音の変化です。英語のfreezeとドイツ語のfrieren に違った子音が出てくるのはこの現象が関連しています。詳しくはこちらの記事で解説しています。
★閉鎖音化①/β, ð, ɣ/>/b, d, g/
グリムの法則やヴェアナーの法則で獲得した有声摩擦音/β, ð, ɣ/は高地ドイツ語で一様に閉鎖音/b, d, g/になります。/ð/>/d/の変化は西ゲルマン語全体で起きたのですが、ドイツ語では/β, ɣ/も閉鎖音になりました。英語ではゲルマン祖語/β/は摩擦音のまま受け継がれ、多くが /f, v/ で現れます。英語の live, life がドイツ語では leben, Leib となるのは、この時期の発音の変化を反映しているわけです。
★閉鎖音化②/θ/>/d/
第一次子音推移で獲得したゲルマン語の/θ/は、古高ドイツ語期には(おそらく/ð/の中間段階を経て上の変化と合流するように)/d/になりました。上記の/ð/>/d/と合わせると、ドイツ語では初期の段階から英語の<th>で表される歯摩擦音を有声無声共に失ったことになります。
一方英語では、西ゲルマン語の/ð/>/d/で失った有声歯摩擦音を、多くの単語において中英語期に再獲得します。(e.g. father<OE fæder, weather<OE weder) そういうわけで、英語本来語の <th> は、多くの場合ドイツ語では <d> になって現れるのです。
brother-Bruder
think-denken
that-dass
- 【補足】歯摩擦音/θ, ð/を守り抜いたのは
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現代ゲルマン諸語において、2500年前の第一次子音推移で獲得した歯摩擦音/θ, ð/を現代まで受け継いだのは、主要言語ではアイスランド語と英語のみです。他のゲルマン諸語は、ドイツ語と同様、歴史のある段階でこの音を捨ててしまいました。
先述の通り、英語は西ゲルマン語期に一度ゲルマン祖語由来の/ð/は失っているのですが、father, weather など一部の語では、この失った音を中英語期に再獲得しています。(brother の/ð/は有声音間で<θ>が有声化したもので、ゲルマン祖語の *ð に由来するわけではない。)
日本語話者が始めて英語を習うと発音に苦労する<th>ですが、英語が太古から守り抜き、失っても復活させた音素だと思うと、なんとも言えない愛着がわいてきませんか!? (そう思うのは筆者だけですか????)
まとめ
以上の変化をまとめると、ゲルマン語と高地ドイツ語で下の表ような子音のずれが生まれたわけです。これは、ほとんどそのまま現代の英語とドイツ語との音の対応に当てはまります。
※この表では音ではなく現代語の綴り字の対応を表しています。

最後のロータシズムはドイツ語のみ経験している単語もあれば、英語のみ経験している単語もあります。
ドイツ語は、文法に関しては英語よりもゲルマン語の古い特徴を保っている場合が多いのですが、ここに示した音に関しては、英語の方こそゲルマン語の本来の音を保持している場合が多いという点を抑えておきましょう。
次回の記事では、西ゲルマン語の中でも英語が属する「北海ゲルマン語」の特徴を概観します。第二次子音推移ほどではありませんが、「北海ゲルマン語」もいくつか重要な音の変化を経験しており、現代英語まで引き継がれているものも多いです。
次の次の記事では、今回説明した第二次子音推移と、さらに中高ドイツ語期以降の変化などを踏まえ、現代英語と現代ドイツ語の音の対応関係をさらに詳しくまとめつつ、ドイツ語学習に役立てていく方法を考えていきます。
第二次子音推移に関して、日本語で書かれた最もわかりやすい書籍は、金子がおすすめ。Salmonsは音変化の背景や先行研究など、専門的な内容をわかりやすく解説している。清水は子音推移をゲルマン諸語(特にドイツ語とオランダ語)の特徴付けながら説明するが、やや難しい。Fulkはゲルマン諸語の音変化をまとめて扱った専門的な概説書である。
- 金子哲太 2023『ドイツ語古典文法入門』白水社
- 清水誠 2012『ゲルマン語入門』三修社
- 須澤通/井出万秀 2009『ドイツ語史 社会・文化・メディアを背景として』郁文堂
- Fulk, R. D. 2018. A Comparative Grammar of the Early Germanic Languages. Amsterdam / Philadelphia, John Benjamins Publishing Company
- Salmons, Joseph 2018, A History of German: 2nd Ed., Oxford University Press
