西ゲルマン語子音重複(West Germanic Consonant Gemination)
ゲルマン祖語が古ゲルマン諸語に分化してくなかで、西ゲルマン語に起きた子音重複について解説します。この記事は専門的な内容を含みます。
この変化は、現代語の英語やオランダ語やドイツ語に連なる西ゲルマン語を特徴づけるものです。ポイントを先に述べておきます。
○特に弱変化語尾に含まれる /j/ によって先行する子音が重複した。
○西ゲルマン語に特有の現象だった。
○生じた重子音は古英語や古ザクセン語では多くの場合そのまま保たれ、古高ドイツ語では第二次子音推移を被るものもあった。
現代英語では、tell や sell や apple などにかろうじてその名残が残っています。もっとも、現代語の綴りはその後の歴史の様々な変化を考慮する必要があるので、これらを西ゲルマン語子音重複の直接の名残と呼ぶのはやや短絡的になってしまう点に注意が必要です。
ドイツ語では第二次子音推移(高地ドイツ語子音推移)を考える際にこの重子音化を把握しておくことは重要です。英語の eat [t], set [t] に対応するドイツ語は essen [s], setzen [ts] となり、英語では同じ [t] がドイツ語では別の音 [s]/[ts] で現れています。これは、古英語ではこれらが etan, settan となっている点に目を向けると解決します。第二次子音推移では、環境によって、単子音と重子音で違った音が出力される場面がありました。そのため、古英語の単子音 etan に対応するドイツ語は essen [t>s] となり、重子音 settan に対応するドイツ語 setzen は [tt>ts] といった具合に、別の音に変化しています。
(第二次子音推移について詳しくは次回の記事で解説します。)
| 英語 | ドイツ語 |
| eat 古英語 etan 子音重複なし | essen 第二次子音推移 t > s |
| set 古英語 settan 子音重複あり | setzen 第二次子音推移 tt > ts |
子音重複が起きた環境は次のようなものでした。
① 短母音+子音+/j/
→真ん中の子音が重複。rを除く全子音で起きる。
② 短母音+子音+/l, r, w, m/
→真ん中の子音が重複。散発的。
さらに、古高ドイツ語のみ、先行母音が「長母音・二重母音」でも子音重複が起きる。
ゲルマン語では弱変化動詞第一類に典型的な -jan の語尾がありました。これは主に強変化動詞の語幹(英語やドイツ語だと過去形の語幹が形態的に近い)に付加され、使役的意味(causative「~させる」)をもつ弱変化動詞を派生させます。西ゲルマン語におけるこの語尾は、ここで述べる①子音重複を引き起こした点と、別記事で述べた②iウムラウトを引き起こした点で重要です。
語幹 sat- (座る) + -jan
→ゲルマン祖語 *satjan 座らせる>置く
→古英語 settan (>set)
古ザクセン語 settian
古高ドイツ語 sezzen (>setzen)
①子音重複: 語幹末の-t- > -tt-
②iウムラウト: 幹母音 a > e
北ゲルマン語派に属する古ノルド語では①子音重複は起きず、②iウムラウトだけ起きたため、setja となります。これは、現代アイスランド語まで同じ綴りで引き継がれています。また、東ゲルマン語派のゴート語では、①子音重複も②iウムラウトも起きません。
| 子音重複 | iウムラウト | ||
| 古英語 | settan | ○ | ○ |
| 古ザクセン語 | settian | ○ | ○ |
| 古高ドイツ語 | sezzen | ○ | ○ |
| ゴート語 | satjan | × | × |
| 古ノルド語 | setja | × | ○ |
語幹の後に注目すると、西ゲルマン語では、古ザクセン語だけ、弱変化語尾 -jan の /j/ を<i>の綴りで保持していますが、古英語と古高ドイツ語ではこれは既に失われています。ただ、 r の音だけは重複を引き起こさなかったため、古英語 nerian のようにこの弱変化語尾が保たれています。
/j/以外で子音重複が起きた例として、現代語 apple につながる単語も見ておきます。
ゲルマン祖語 *apla
→古英語 æppel
→古高ドイツ語 apful
cf. クリミアゴート語 apel
この例では /j/ の代わりに祖語 *apla の /l/ によって前の閉鎖音 p が重複しています。その際、閉鎖音と流音の間に母音が挿入されます。古英語の重子音はそのまま現代語 apple に受け継がれ、第二次子音推移により破擦音 pf となった古高ドイツ語形もそのまま Apfel として現代まで残っています。
- 【補足】古高ドイツ語のみ子音重複が起きたとき
-
先述の通り、ドイツ語 essen (eat<古英語etan) と setzen (set<古英語settian) で違う子音が現れているのは、setzen のみ第二次子音推移により重子音化していたからでした。ただ、重子音化は古高ドイツ語のみ長母音と二重母音の後でも起きたので、古英語や古ザクセン語での単子音が、古高ドイツ語の重子音となっている場面もあります。
E white<OE hwīt
G weiß<OHG hwīʒ
いずれもGmc. Hwītaz に由来する。重子音化は起きない。E wheat <OE hwæt
G Weizen <OHG weizzi
いずれも Gmc. Hwaitijaz に由来する。古高ドイツ語のみ二重母音<ai>の後でも重子音化<t→tt>が起きているので、英語 white(OE hwīt), wheat(OE hwæt)に対応するドイツ語 weiß, Weizen に現れているように、第二次子音推移は違う子音を出力した。ちなみに、これら4単語は究極的にはすべて語源的に関連している。
この記事では、この変化が起きた原因には踏み込みませんでした。詳しくは Salmons(2018:117-118), Fulk(2018:126-129)などを参照すること。
- Fulk, R. D. 2018. “A Comparative Grammar of the Early Germanic Languages”, Amsterdam / Philadelphia, John Benjamins Publishing Company
- Salmons, Joseph. 2018. “A History of German – What the past reveals about today’s language”. 2nd Ed. Oxford University Press
- 金子哲太. 2023.『ドイツ語古典文法入門』白水社
