多言語と英語史の沼にハマった英語教員が、英語の「受動態」について改めて考えてみた
私は遺憾ながら人からナメれることが多く、英語を教えていても、お前の話など聞く気はないわよんと、たくましく黙殺されることがよくあります。それだけだったらいいのですが、時に子どもたちは私のことを積極的にお笑いの的にしてきて、それを私は海よりも深い心で許容するのですが、たまに芯食ったことを言われると、ウッとなって受け身がとれなくなることもあります。
・・・・・・。さて、今回はそんな「受け身」の話です。
柔道のあれではなく、比喩的な身のかわしかたでもなく、文法用語の「受け身」、すなわち「受動態」のことです。
学校では中学2年生の終わりか3年生のはじめに導入されることが多い文法事項です。他の言語と比べたり、古い英語と比べてみると、どのような受動態の姿が浮かび上がるのでしょうか。英語の受動態の物語は、過去分詞を主人公に据えるとこうなります。
過去分詞くんは、2人の相棒と協力して、押し寄せる言語の波の中で必死に受け身をとり続けました。しかし、運命のいたずらで、頼りになる相棒の1人が言語の表舞台から去っていきます。その悲しさにくじけず、残った友と手を取り合って、ついには新たな仲間を見つけ出す。これは友情と喪失、再生と成功の物語なのです!
なんてなんの役にも立たぬ例え話はこれぐらいにして、実際の言語の姿を見ていきましょう。
英語の話に入る前に、まずは簡単に他言語の受け身表現をみておきましょう。
言語学者マーディン・ハスペルマートの論文 “The Grammaticization of Passive Morphology” (1990)によると、受動態はすべての言語に存在するわけでなく、通常は文法化によって生じるとされています。語形変化によって受動態を表す方が一般的で、英語のように「be動詞+過去分詞」の組み合わせで統語的に受動態を表現する言語の方が少数だとされています。
ラテン語の受動態
英語と関係の深い言語で、語形変化で受動態を表していた言語は、ラテン語やギリシャ語があります。ラテン語では、完了時制以外の多くの時制で、語形変化によって受動を表します。
【現在時制】
amo
私は愛する(能動態)
amor
私は愛される(受動態)
【完了時制】
amavit
私は愛した(能動態)
amatus sum
私は愛された(受動態)
※amatus[=loved], sum[=I am]
ラテン語の受動態ですが、現在時制では語形変化によって1語で受動を表すのに対し、完了時制では、過去分詞 amatus と動詞 sum(英語のbe 動詞に当たる)の組み合わせで受動の意味を表しています。
ドイツ語の受動態
英語を始め、ドイツ語やフランス語など、多くの現代語は、「be動詞+過去分詞」といったように、過去分詞と基本動詞の組み合わせで受動態を作ることが多いようです。
次に英語と文法的に共通点の多いドイツ語の受動文を見てみましょう。
①Meine Geldbröse wurde gestolen.
[=My wallet was stolen]
財布が盗まれた。
ドイツ語は「動詞werden+過去分詞」で受動態をつくります。このwerdenという動詞は、一般的には「~になる」(=become)のような意味をもつ普通の動詞ですが、過去分詞と結びついてこのように受け身文をつくったり、原形不定詞と結びついて未来表現をつくったりと、ドイツ語では大活躍します。英語のbe動詞にあたる「sein動詞」と過去分詞の組み合わせでも、受け身文をつくることができますが、こちらは「されている」という状態のみを表します。
ドイツ語にはこれ以外にも複数の受け身的表現があります。
②漠然と人を指す代名詞manを使う
In diesem Land spricht man Deutsch.
直訳:この国では、人はドイツ語を話す。
意訳:この国ではドイツ語が話されている。
③再帰代名詞を使う(自分を~する)
Ich interessiere mich für Musik.
直訳:私は自分自身に、音楽に興味を持たせる。
意訳:私は音楽に興味がある。
④使役動詞を使う(自分を~させる)
Das Problem lässt sich lösen.
直訳:その問題は自らを解かせる。
意訳:その問題は解ける。
ここに挙げたのは、ドイツ語において非常に頻繁に使われる表現です。②~④の文と同様の表現はフランス語にも見られます。これらの文を自然な英語にすると次のようになります。
②=German is spoken in this country.
③=I am interested in music.
④=The problem can be solved.
英語にも受動表現の代用になるような言い方がないわけではないのですが、ドイツ語に比べると一般的なものは少ないです。そのため、英語だとこのようにどれも「be動詞+過去分詞」という典型的な受動表現で訳されることが多いです。
以上まとめると、まず、英語では、ラテン語と違って、単語の組み合わせで受動態を示すという特徴があるのがわかります。そして、ドイツ語のように受動態の代用になる表現が限られている英語では、他の言語では受動態を使わない場面でも、自然に訳そうとすると受動態をうまく使う方がいいことがわかりました。
要するに、英語の「be動詞+過去分詞」は結構活躍すると言ってもいいでしょう。ラテン語のようにすべての動詞が様々な時制や法でいちいち受動態の形をもっていたら、全部その形を覚えないといけません。しかし、基本動詞の組み合わせでどんな受動態も作れるなら、少ない材料で大きな効果を生むことができるわけです。
英語はそこのところ、うまくできていますので、日本の中学生でも受動態の作り方をそれなりにしっかり理解できます。
英語史において、受動態は古英語の時代から観察することができます。
古英語の受動態
古英語での受動表現は、主に2つの言い方がありました。
・be動詞 +過去分詞
・動詞weorþan +過去分詞
1つめは現代語と同じですが、2つめは現代では廃語となった動詞を使う方法でした。ドイツ語ではこの動詞は現在も幅広く使われていて、先ほどの①で見た wurde(<不定形werden)という語がそれにあたります。
実際の例を見てみましょう。『アングロサクソン年代記』の2つのバージョンで同じような内容が語られる部分です。
【D写本】
979 Her wæs Eadweard cyning ofslægen …
Her | wæs | Eadweard | cyning | ofslægen |
Here | was | Edward | king | killed |
【C写本】
978 Her on þysum geare wearð Eadweard cynning gemartyrad, …
Her | on | þysum | geare | wearð | Eadweard | cyning | gemartyrad |
Here | in | this | year | was | Edward | king | killed |
D写本の方では、was…ofslægen [=be killed]という組み合わせで受動態を表しているのに対し、C写本の方では、wearð…gemartyrad [=become killed]という組み合わせで受動態を表しています。wearðはweorþan「~になる」という意味の動詞の過去形・3人称単数の形です。現代英語では直接対応する訳語がないですが、becomeのような意味です。
上記の二つの文は意味において大きな違いがあるわけではありませんが、どちらかというと受け身の動作を表すときは weorþan の方がよく使われ、状態を表すときは be動詞 が使われていたようです。
このweorþanという動詞は古英語においてはかなりの高頻度で使われる動詞なのですが、12世紀に使われなくなります。現在でもこれと同じ werden という動詞が大活躍するドイツ語とは、このあたり、対照的です。
大活躍だった weorþan が表舞台から姿を消したことで、英語では、be動詞が受動表現をすべて担うようになります。動作だろうが、状態だろうが、be動詞が頑張るしかない!となった訳ですね。そのため、現代英語でも私たちが受動表現を学ぶ際は、もっぱら「be動詞+過去分詞」という公式で十分になっています。
get受動文の拡大
そうはいっても、さすがに1人で受動表現をすべて任されるのは心細かったのか、あるいは消えていった相棒の代わりを求めたのか、英語ではweorþanの代わりに、頼れる基本動詞getが受動文に登場するようになります。これが17~18世紀にかけて特に広がり、現在でもget受動文は拡大していると言われています。
be married「結婚している」(状態)
get married「結婚する」(動作)
このように、be と get で受動文の意味の使い分けをしている例もありますが、be動詞でも動作を表すことができる英語では、あまりこういう例は多くありません。
be動詞を使う受動文自体は減少傾向にあるという指摘もあるのですが、get受動文は増加しています。これは書き言葉が口語化していることが背景にあり、口語的なget受動文が拡大しやすくなっていると考えることもできそうです。
大学入試の会話問題より
温暖化や気温上昇は競合関係にある政府の作り話だと言う人もいますが、というニュースキャスターの発言に答えて:
Weatherperson: It makes you wonder. Those are the type who will say anthing to get elected. (2023 早稲田大・文化構想学部)
「当選させてもらうためには何でも言う」という部分を、get受動文で発言しています。
こうした口語的表現でのget受動文は、インターネットの発達とともに、書き言葉でもますます広く見られるようになることが予想されます。
その他の変化
近代以降、受動表現に起きた変化には他にも、以下のようなものがあります。
動作主を表す前置詞
受動態の動作主を表すのは、初期近代英語では of や from が多く見られましたが、現代では by で表すようになり、これが一般的なルールとして学校で最初に教わります。ただ、受動文のおよそ8割において、そもそも動作主は登場しないという指摘もあります。
句動詞の受動態
高校の文法問題などで、よく次のような文を見かけます。
I was spoken to by a stranger.
私は見知らぬ人に話しかけられた。
こういった句動詞の受動文は、句動詞が激増した19世紀以降に拡大していきます。この形式の受動文が成立するには、動詞と続く不変化詞が密接に分かちがたく結びついている必要があります。この例で言うと speak to があたかも一つの単語であるかのように考えられるようになったからこそ成り立っている文であると言えます。
進行形の受動態
高校英語で進行形の受動態「be being pp.」という表現を学習しますが、これは18世紀に進行形という用法が確立してから見られるようになりました。進行形の確立については、本シリーズの「進行形」の回をご覧ください。
ここからは、現代英語に見られる受動表現で、学習者が躓きがちなところを考えていきます。他言語との比較がまた生きてくる場面があるので、これまでの議論を踏まえて考察するとまたおもしろくなるはずです。
能動態と受動態の間・・・それが中動態
英語における中動態
突然ですが、次の文を見てみてください。
⑤The book sells well.
この文は、どのような意味でしょうか。また、この文は能動文でしょうか?
高校文法をしっかり勉強したことがある人なら、必ず文法書にこの手の説明は載っているので見たことはあるはずです。意味は、「この本はよく売れる」となります。ではこの文は、能動文でしょうか。
あたりまえだ、形からしてどう見ても能動文だという声が聞こえてきそうですが、よく考えてみてください。主語は The book です。「本が上手に売る」とならないのはおかしくないですか。本って人間に売られるものですよね。ではこれは受動文? でもどこにも「be動詞+過去分詞」は見られません…。
結論から言うと、この文は「中動態(中間態)」と呼ばれる類の文です。英語にはあまりこの概念がはっきりとないので、「能動受動文」という、何というか、ビタースィート的名称で呼ばれることもあります。
態というのは、実は能動態と受動態だけでなく、その間に中動態というのがあるのです。これは主語の動作が主語自身に返ってくるような意味を表します。形としては能動文ですが、主語は動作を受ける対象です。この例文では、本が自分自身を売る[=本は売られる] というように、動作が自分に返ってきているのがわかります。同じような例を挙げてみましょう。
⑥This book reads easily.
この本は簡単に読める。
本が読むわけではないです。本は読まれる対象なので、読むという動作は主語自身が受けます。英語の場合、このような文がたまに見られることがあります。こういった「能動受動文」においては、⑤の well や、⑥の easily といった、様態を表す副詞句が必ずついてきます。主語を動作主にして訳すと変な文は、後ろに様態を表す語句がないか確認して、主語が動作を受けるような解釈をするとうまくいくことがあると覚えておくといいでしょう。
英語以外の言語
ちなみに、中動態という形態を、語形変化としてきれいに残している言語としては、古典ギリシャ語があります。私も最初、ギリシャ語の文法書に当たり前のように「中動態」なんて言葉が出てきて、「なんすかそれ」となりました。実は先ほどの例のように、他の現代語にも確認できる事項なのですが、中動なんて意識したことがないと最初は戸惑うものです。
能動態 | 中動態 | 受動態 |
ἐπαίδευσα | ἐπαιδεύσάμην | ἐπαιδεύθην |
私は教えた | 私は自分のために教えた | 私は教えられた |
ドイツ語・フランス語・イタリア語・ロシア語など、多くの現代語では、「再帰代名詞」と言って、主語の動作が自分自身を対象にするために使う代名詞があります。この再帰代名詞を使った文が中動の意味を表すために使われることが多いです。こういった例は英語にも “enjoy myself” といった表現にないことはないです。しかし、英語では他の言語に比べて再帰代名詞の使用がそれほど多くはありません。
例えば、⑤の文はドイツ語やフランス語では次のように表します。
⑤のドイツ語
Das Buch verkauft[V] sich gut.
⑤のフランス語
Le livre se vent[V] bien.
青字にした単語が再帰代名詞といって、動詞[V]の動作が主語自身に返ってくることを示す働きをしています。英語ではこの再帰代名詞がなくても、⑤のような意味を表せるわけですが、ドイツ語やフランス語に比べると、この構文を作れる動詞が限定的です。
「~に」を主語にするのが英語は得意
I gave John a book. のような、SVOOのの文のことを二重目的語構文と呼びます。このような文は次のように書き換えることができると中学校で習います。
二重目的語構文(SVOO)
⑦My brother gave Tom a computer.
兄はトムにパソコンをあげた。
↓
目的語+前置詞句(SVO to )
⑦’I gave a computer to Tom.
⑦の文は目的語が2つあり、受動態の文も2つできます。
⑦My brother gave Tom a computer.
↓
Tom was given a computer.・・・[A]
A computer was given Tom.・・・[B]
このように受動態は、元の文の「トムに」の部分を主語にした[A]の文と、「コンピュータを」の部分を主語にした[B]の文の2つの可能性があります。特に英語では、[A]のように、元の文で動詞のすぐ隣にくる目的語を主語にする方が得意です。
[B]のような文は誤りではありませんが、一般的には、SVOOからでなく、⑦’のSVO to ~という構文から次のように受動態を作る方が一般的です。
⑦’My brother gave a computer to Tom.
↓
A computer was given to Tom.・・・[C]
[B]と[C]の違いは、前置詞to があるかないかだけですが、toがある[C]の文の方が一般的とされます。(安藤 p.59) 確かに、toがある方が、名詞が単独で浮かび上がるよりも単語の関係がわかりやすくなる気がします。ただし、[B]のように《SVOO》のふたつ目の目的語(直接目的語)を主語にした受動文ができるのは、《SVO to ~》のように、直接目的語+前置詞句に書き換えた際、後ろの前置詞句が to をとるものだけです。例えば、前置詞句が for を取る次のような文は受動文ができません。
Mary bought me a watch. (SVOO)
Mary bought a watch for me. (SVO for ~)
↓
○ I was bought a watch. [A]
× A watch was bought me. [B]
○ A watch was bought for me. [C]
目的語を2つとる動詞は「~に・・・を」という日本語に対応することが多いので、ここでは便宜上間接目的語、直接目的語と呼ぶことにします。ちなみに、古英語やドイツ語ではこれらを「与格」「対格」という違った格で表します。
二重目的語構文で受け身文の主語になるのは間接目的語が英語では多く、[A]のような文が一般的だと言われています。[B][C]のように「・・・を」の目的語を主語に据える受動文はそれほど一般的ではありません。
興味深いことに、ドイツ語では[C]パターンである、「~を」を主語にする受動文しか作成できません。古英語でもそうでした。現代英語で、I was given ~と言えるのは、格変化が消失した結果、「~に」と「~を」が格でなく語順でしか区別できなくなったからとも言えるかもしれません。
よくある間違い①「私は盗まれた」
大学入試レベルの英作文で日本人が多くやってしまう間違いは、次のような文を書いてしまうことです。
⑧私は財布を盗まれた。
× I was stolen my wallet.
⑨私は髪を切ってもらった。
× I was cut my hair.
これらの英文は正しくありません。日本語に合わせて主語を I で設定し、「盗まれた」に合わせて was stolen と受け身文にするというのはよくある間違いの例です。
受動態に関しては、こういった間違いが大学入試を控えた高校3年生の英作文でも割と頻繁に見られます。この原因は、日本語の文に引きずられて、次のように考えてしまうことだと思われます:
「される」という意味だ
→受動態にしないといけない
→be + 過去分詞で表す
先ほどの⑦の例で挙げたように、二重目的語構文は、I was given a computer という受動文を作れるので、それに引っ張られて I was stolen や I was cut という英文が成り立ちそうに見えてしまうのだと思います。要するに、⑧⑨のような間違いをしてしまう原因は、
・日本語に引きずられる
・二重目的語構文の受け身文に引きずられる
という2つだと考えられます。
こういった間違いをしないようにするためには、元の能動文がきちんと成立するか確認するのが大切です。
もし、I was stolen my wallet.
という文が成立するなら、それに当たる能動文:
[主語] stole me my wallet.・・・[D]
という文が成り立たないといけません。
しかし、動詞steal は[D]のように二重目的語をとれないので、[D]のような文が成り立ちません。たとえば、怪盗アニメのヒロインの台詞として「あたし、ル○ンに盗まれちゃた」なんて発言する場合は、I was stolen というフレーズもないことはないですが、いずれにせよ、⑧ではmy wallet が浮いてしまっています。
受け身文が成り立つということは、もとの能動文が(それが自然な表現であるかは別として)大抵は成立します。自分が作った受け身文に自信がない場合は、能動文ではどう言うか考えて、その上で適切な受け身文を作ることが望まれます。
よくある間違い②「猫は好かれる」
私は高校2年生や3年生を教えるとき、よく最初の授業で次の日本語を英語で表現してもらうことがあります。
「わたしは猫が好きだ。」
その際、できるだけ多くの書き方を考えてみてくださいと私は言います。想定しているのは、次のような適格文です。(基本なのですが、目的語のcatsを無冠詞単数にできるかがポイントです。)
I like cats.・・・[E]
I love cats.
I am fond of cats.
他に書き方はないかと考えるとき、このような文を生成してしまうことがあります。
⑩ ×Cats are liked by me.
この文は、残念ながら、よほど特殊な文脈がない限り自然な英文とはいえません。確かに[E]の能動文から作った受け身文として、何ら間違っているところはありません。しかし、実際にこのように言うことはないのです。
こういった間違いに学習者が自分で気づくのは非常に難しいのですが、知っておいた方がいいのは、「どんな能動文でも受動文に機械的に変換できるわけではない」ということです。受動態にするのはそれなりに理由がいるのです。
⑪ Shakespeare wrote Hamlet.
⑫ Hamlet was written by Shakespeare.
この⑪と⑫の文はどちらも正しいのですが、⑪の能動文を⑫の受動文にするに当たって、「その文が何を主題にしているか」が異なります。簡単に言うならば、⑪はシェイクスピアが何をしたかを述べる文であり、一方⑫はハムレットとは何かを述べる文です。
受け身文が成立するには、能動文の目的語が主語になるだけの、それなりの理由がいります。あえて動作を受ける対象を主語にしてスポットライトを当てるわけですから、その効果で何を表現したいかが明確でないと不自然な英文になってしまいがちです。この点については、一般の読み物だと高見・久野(2005)が詳しく説明してくれています。興味のある方はぜひそちらをお読みください。
中学向けの文法教材において、受け身文はなかなか例文を作成するのが難しく、問題集には英文として不自然なものも非常に多く見られます。そのため受動文を扱う自然な感覚を身につけるには、たくさんの実例に触れて、適宜自分の表現を点検し直すことが大切になってくると思います。
ここまでの議論をまとめると、能動文と受動文を書き換える際、次の意識をもって置くことが重要であると言えます。
能動文 | ||
すべての能動文が受動文にできるわけではない | ↓ ↑ | 受動文は元になる能動文を(一応は)想定できる |
受動文 |
以上、英語の受動態について、あれこれ考えたことを書いてみました。軽い気落ちで書き始めたら結構たくさんのことが頭に浮かんで、長々となってしまいました。
受動態は「be動詞+過去分詞」というシンプルな形態ですので、形を間違えるということはそれほど多くないのですが、最後の方に挙げたように、用法でつまずくのは割とよくあるパターンです。能動文と受動文を自在に行き来できるように繰り返しトレーニングをして、受動態にしたいという自分の欲求と自然な受動文の関係をうまく取りなしてあげるのが大切です。
大学入試の和文英訳で、目の前の試験で少しでもリスクを減らすなら、できるだけ人を主語にして能動態で表すという工夫も必要だったりします。消極的な気もしますが、そうやって能動文を考えることで受動態の本来の姿が見えてくるなんてこともあります。
いやはや、受動態について語るべきことはまだまだあります。ドイツ語では「日曜日は働きます」や「ここではバスでみんな通勤します」みたいな文も受動文にできます。日本語では「雨に降られた」「夫に死なれた」のような受動(?)文もできます。これらは言語の特徴がよく現れた面白い文です。機会があったらまた考察したいと思います。
実は、英語史の本には、受動態の使用が(get受動文を除いて)減少傾向にあるという指摘をしているものもあります。受動態とは動作主をあえて主語の位置から取り除き、動作そのものや対象そのものに焦点を当てます。だから、学術論文などでは、It was found ~「~ということがわかった」という表現が好まれるのは自明のことです。
現代のネット社会で使われる言葉では、I found ~ とかの方が、自己表現として一般的であることは確かだと思われます。学術論文で、「私は気づきました」という表現は一般に避けられますが、SNSで自由に自分の主張を提示できる現代では、自己を主体とした積極的な表現が、書き言葉においてもより目につきやすいのかもしれません。
なんて考えちゃいますが、さすがにこのへんで。
- Atherton, Mark, 2019, Complete Old English, Teach Yourself
[古英語の例文の引用は本書から。] - 片見彰夫・川端朋宏・山本史歩子編(2018)『英語教師のための英語史』開拓社
- 家入葉子・堀田隆一(2023)『最新英語学・言語学シリーズ21 文献学と英語史研究』(開拓社)
- 久野暲・高見健一(2005)『謎解きの英文法 文の意味』くろしお出版
[受動態の文が的確になる条件について、一般の読者にもわかるようにわかりやすく解説している。] - 安藤貞雄(2021)『【新装版】基礎と完成 新英文法』開拓者
[二重目的語の受動態についての記述はこの本を参考にした。中学高校で習う文法事項をわかりやすくコンパクトに整理してくれている所謂「総合英語」の類いの本であるが、本質に根ざした記述が多く、非常に有益な情報が多い。]