英語動詞に「未来形」はあるか【①ゲルマン語本来の時制形式】

imaizumisho

今回からいくつかの記事は、英語の時制について考えます。中でも、英語に「未来形」という形は存在するか、という視点で、一般的な学校文法の現状と、学習参考書の記述、さらに、このサイトらしく他言語との比較を通して複合的にこの問題に迫ります。

Tenses in English

英語に時制はいくつあるか

英語の動詞の時制はいくつあるでしょうか。この質問には様々な答え方が考えられます。具体的な数を上げると、2時制~12時制とする立場まで様々です。

これらの違いがあるのは、「どこからどこまでを時制表現と見なすか」という違いによって時制の区切り方も変わるからです。2時制とする立場では、英語は「現在」と「過去」の2つの時制のみをもつと考えます。一方で3時制以上存在するという立場では、「現在」「過去」に加えて、「未来」を1つの時制形式として設定します。英語の場合、主に willを使う表現を「未来形」「未来時制」として呼ぶことが多いです。12時制と考える場合は、「過去」「現在」「未来」の3つに「中立」「進行」「完了」「完了進行」の4つの区分をそれぞれ掛け合わせた12の時制を区別します。

2時制とする見方
現在・過去

3時制とする見方
現在・過去・未来

12時制とする見方
現在・過去・未来
現在進行・過去進行・未来進行
現在完了・過去完了・未来完了
現在完了進行・過去完了進行・未来完了進行

いかがでしょうか。「現在」と「過去」はいずれの考え方でも認められますが、「未来」を時制に含めるか、「進行」「完了」などの表現を時制形式に含めるかで大きく数え方は異なるのです。

みなさんはどのように時制を学校で習ったでしょうか。今回は、will を含む形式を未来時制として考えたらいいかどうかについて、基本的な言語事実を挙げていきます。英語が属するゲルマン語と呼ばれるグループでは本来的に動詞の形態として「過去」「現在」の2つの形があったことを確認します。その上で、次回以降の記事では、さらに専門的なレベルで他言語と比較して、今回の記事の考えは不十分であることを示します。それを踏まえ、最後の記事では、英語の未来表現をどのように捉えるべきかとう点に、私なりの視点を示します。

今回は、willは「未来時制」「未来形」と呼ぶべきかについて、観点を絞って具体的に考えていきます。「進行形」「完了形」といったものが時制表現か、動作の切り取り方を表すアスペクト表現かという議論には踏み込みません。

Does “Future Tense” exist?

英語に「未来時制」はない?

「未来時制」に関する基本事実を見ていきます。以下で述べていくのは次の点です。

  • ゲルマン語本来の時制は現在・過去
  • 一般的な文法書でwillを「未来形」「未来時制」と表記するものは見られない
  • 現代ロマンス語には形態としての未来時制がある

まず、前提として、歴史的な観点で言うと、英語に「未来時制」「未来形」という形態は存在しませんでした。個別言語としての英語の歴史の始まりは5世紀頃の古英語に遡ります。古英語は、印欧語族の中でもゲルマン語と呼ばれるグループの言語です。印欧語がゲルマン語に派生していく段階で、時制形態は「過去」と「現在」に分かれていきました。そのため、本来的には英語には「過去」と「現在」という2つの時制しかないのです。

意外に思うかもしれませが、現在発売されている総合英語系のテキストで、will do にあたるような表現形式を「未来形」「未来時制」と呼んでいるものは見られません。これはやはり、本来的に英語の時制に「未来形」という形態はないという前提に基づいているものだと思われます。一般的に、現在では多くの英文法書に「現在形・現在時制」「過去形・過去時制」という用語が見られる一方で、未来に関しては「未来を表す表現」などといった言い方でこの問題を回避しています。

Q
各学習参考書に見られる「未来」表現の説明

SKYWARD総合英語(2022)、桐原書店
このように未来の行為や出来事に対する現在の気持ち・判断・予定などは、基本的に(a)のような動詞・(b)のような助動詞の現在形で表現する。未来の予定を表すには、be going to や現在進行形などを使う。

ジーニアス総合英語(2017)、大修館書店
英語には未来時制はない。未来のことは、推量や意思を表す助動詞willを使って表現されることが多い。未来のことは、他にもam/are/is going toや現在形、現在進行形などを使って表現される。これらはすべて現在時制であることに注意しよう。(p.71)

総合英語 Evergreen(2017)、いいずな書店
英語の動詞の基本形は、現在形と過去形の2つである。未来は、「まだ存在しないあやふやな状況」なので、話し手の確信の度合いなどに応じたさまざまな表現がある。(p.68)

総合英語be(2021)、第4版、いいずな書店
英語の動詞には現在形と過去形はあるが、未来形という形はない。これからのことを表すときは、話す人がどう思っているかで表現を使い分ける。(p.80)

総合英語FACTBOOK(2017)、桐原書店
英語の動詞には、「現在形」「過去形」に相当する単一の「未来形」がありません。未来は助動詞willやbe going toなどでさまざまに表現され、それぞれが描く未来は微妙に異なります。(p.70)

英語語法学の研究者である柏野も、英語の時制を全面的に取り上げた著書の冒頭で次のように述べています。ここに挙げられる Declerck, Quirk, Comrie などは英文法、時制論の代表的研究者です。

英語には語尾変化による未来時の表現方法はなく、通例、will や shall の助けを借りて迂言的に表すことになる。Declerck(1991a)のように、これを未来時制と見なす人もいるが、will / shall play などは動詞の語尾変化による表現とは言えないので、本書では Quirk et al. (1985)にならって未来時制を認めない立場をとる。
 このほか未来時制が認められない理由としては、Comrie(1985:46-47)も触れているように、①will / shall には未来を表す用法のほかに別の用法がいうつかある、②未来を表すのは will / shall だけではない、という2点が挙げられる。
 以上のことから、英語には未来時制はなく、時制としては現在時制と過去時制の二つが認められることになる。

柏野(1999: 1)

学術的には、一般に「英語に未来形・未来時制はない」という論が基調であり、学参もこれに習っているのを確認しました。しかし、学校では「未来形」という名の下に willを含む形式を習った人も多いのではないでしょうか。先生によっては willを「未来時制」「未来形」という人もいれば、そうしない人もいます。この辺がすでに大きく二分されているのです。

ここまでの話では、英語には「未来形・未来時制」がないという結論になりそうです。そしてここまで見てきたように、学術的に見ると、「未来形・未来時制」を導入しない方が一定の正しさが保証されるのは事実です。

柏野の記述を見てみると、「動詞の語尾変化による表現」という点が目につきます。これはどういうことかというと、例えば、play を過去形にするには、played という動詞の語形変化で表すことができます。このように1語の動詞の形の変化(形態的変化)によって表す未来形がないということです。未来を表すには、will play など、動詞そのものの変化ではなく、別の単語との組み合わせで表すようになっています。このように複数の語を組み合わせて表現する形式のことを、迂言的形式と述べています。

おそらく、この記述は、語尾変化によって未来形が表される他の言語(ラテン語、フランス語など)を念頭においたものだと思われます。しかし実はこの主張には大きな欠点があります。その点については次の記事で詳しく述べていきます。

英語の時制

過去現在未来
finishedfinishwill finish (?)

フランス語の時制(1語の語形変化によるもの)
※形はすべて1人称単数形

過去現在未来
finissais 半過去
finis 単純過去
finisfinirai

ラテン語の時制
※形はすべて1人称単数形

過去[or 完了]現在未来
finivifiniofiniam
“Future Tense” HELPS

「未来形」が学校文法で普及した背景(私論)

では、学校文法でwillを「未来形・未来時制」と呼ぶ先生は、なぜそうしているのでしょうか。最も一般的な理由は「そのほうが学習者にとってわかりやすいから」という便宜上の理由だと思われます。確かに時間を「過去」「現在」「未来」に3区分して、時制もそれに合わせて3つに区分して対応させるのは、なんとも都合がいいものです。

また、現行の総合英語には「未来形・未来時制」の設定がないのは先述の通りですが、古い文法書は「未来形・未来時制」という表現が見られるのは珍しいことではありませんでした。これは上記の「わかりやすさ」理論に加え、英文法というものが文法学者によって体系的に編纂され始めた18世紀頃の規範文法の伝統を汲むものと言えます。この時代の文法書は、ヨーロッパの偉大な言語遺産であるラテン語文法を下敷きにして考えられることも多かったわけです。ラテン語には英語には本来備わっていない「未来形・未来時制」が、語形として動詞の変化に存在します。未来形があるラテン語文法に合わせて未来形が本来ない英文法を記述した当時の文法家は、英語にも「未来形」という語形、「未来時制」という時制を設定することが一般的でした。英語に限らず、英語と同じゲルマン語に属するドイツ語の文法書でも、現在は《werden + 不定詞》という迂言的形式を「未来時制」と呼ぶことは多く見られます。

現状、学校文法では「未来時制」という用語を使う先生・生徒が多く、ゲルマン語の歴史に忠実な見方では「未来時制」はないという立場のダブルスタンダードが見られるわけです。

ネットのブログや動画を拝見していても、塾や予備校の先生が公開しているコンテンツの多くが英語の時制形式として「未来形」という用語を使って説明しているようです。私の周りの英語の先生に聞いてみても、「未来形」という用語はごく一般的に使われていますし、その名の下に英語の時制を習ったという大人もたくさんいます。

Summary

今回のまとめと続編予告(全く違う議論も可能!)

英語の時制は「現在」「過去」だけだから、「未来」はない!という主張は、実際のところ英語に少し詳しい人ならよく聞く議論です。

わかりやすさ重視なら「未来形」を認め、学術的正しさ重視なら「未来形」を認めないという論調は、実際、SNSなどでの議論でもしばし観察されます。

しかし、話はそれほど単純ではありません。英語史の研究者である堀田の著書では、英語の未来時制について、「かつて、英語に未来時制はなかった」とした上で、次のように述べています。

[…] 英語には、本来、他のゲルマン語と同様に、未来時制は明確な形で存在しなかった。しかし、現代英語では、will あるいは be going to などの表現形式は広く未来時制として認知されていると思われる。

堀田(2016: 87)

というわけで、今回の結論では、とりあえず、英語動詞に「未来形」はない、という結論に至りましたが、、実際のところ、「学術的に」英語動詞に「未来形」を認めるということも十分にできます。そうすべき正当な理由も、実際のところ複数あるのです。というわけで、「英語動詞に未来形はあるか」の話はまだまだ続きます。

次回は、このサイトらしく、他言語との比較も大いに交えながら、 will do といった形式を「未来形」と呼んでもいい学術的に理にかなった正当な理由について考えていきます。

参考文献
  • 柏野健次(1999)『テンスとアスペクトの語法』開拓社
  • 堀田隆一(2016)『英語の「なぜ?」に答える 初めての英語史』研究社

英文法に関する推薦書
英語史に関する推薦書

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imaizumi
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巷の英語教員・語学人間
2018-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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