don’t have to と must not の意味が違うわけを考えすぎ「なくてもいい」けど、まったく素通り「してはいけない」という話

imaizumisho

中学校の英語で私たちは「助動詞」という単元を勉強するのですが、そのなかに「できる」やら「してよい」やら、はては「しなくてはいけない」なんて意味の単語を勉強します。

「しなくてはいけない」なんて意味で私たちが最初に習うのは、have to must という表現です。そして学習が進むと、これらの否定形もついでのように勉強します。と、ここで落とし穴。「しなくてはいけない」という訳語が当てられる表現の否定 don’t have tomust not は意味が違うではありやせんか! 

なんでそんなことになんのよんと、矢のように鋭い疑問を慧眼の中学生から投げかけられました。今回は、この背景について考えてみましょう。

なんて軽い気持ちで書き始めたら、どんどん英語沼にハマっていって、最終的に信じられないぐらい長い記事になってしまったことを最初にお断りしておきます。

しなくてはいけない

have to do

まず考えるのは、have to do という表現です。この言い方は、便宜上、私たちは「助動詞」という単元で学習しますが、形式としては中2の学習内容「不定詞」という分野に相当すると考えてもいいかもしれません。

なぜなら、この have to はそもそも助動詞ではないからです。この構文の疑問・否定の作り方を考えてみましょう。

[肯定]
You have to do ~.

[疑問]
○ Do you have to do ~?
× Have you to do ~?

[否定]
○ You don’t have to do ~.
× You have not to do ~.

疑問・否定の作り方を見たらわかる通り、ここに現れる動詞 have は、一般動詞と全く同じように振る舞います。つまり、この have to do という表現は、want to do や hope to do と同じように、《一般動詞+to不定詞》という組み合わせ文法機能は同じと考えられます。

学校でもうっすらと習いますが、to不定詞にはもともと「未来志向」があります。これは前置詞 to がそもそも方向を表す言葉であるため、「動作へと(これから)向かう」ことが意識されるからです。remember to do「(これから)~することを覚えている」や My dream is to be a doctor.「私の夢は(将来)医者になることです」といった表現などに典型的に見られます。

want to do や have to do は「to不定詞の未来志向」を念頭に置いて考えると意味が腑に落ちます。

I want [to go there].
私は[(これから)そこに行くこと]を欲する。
→私はそこへ行きたい。

I have [to go there].
私は[(これから)そこへ行くこと]を持っている。
→私はそこへ行かないといけない。

音としては、have to は [hæftə] のように一気に読まれるのでわかりにくいですが、意味的には [have to]+[do] ではなく [have]+[to do] とい考えると納得しやすいです。

そしてこれを否定にしてみます。

I don’t have [to go there].
私は[(これから)そこへ行くこと]を持っていない。
→私はそこへ行かなくてもよい。

こうすると、don’t have to do というのは肯定の have to do のそのままの裏返しで、用法・意味共に抵抗なく受け入れることができます。

しなくてはいけない

must do

先ほどの have to do に現れる have と違って、must は正真正銘の英語の助動詞です。助動詞であるが故、must は次のように疑問や否定をつくります。

[肯定]
I must go there.
私はそこに行かないといけない。

[疑問]
Must I finish my homework?
私はそこに行かないといけないか。

[文法上の否定]
I must not finish my homework.
私はそこに行ってはいけない。
×私はそこへ行かなくていい。

must の語形と表す時間

この単語は古英語の「過去現在動詞」(preterite-present verbs)と呼ばれる特別なグループに属する単語に由来します。この動詞は、古英語の記録が残る時代より前に使われていた動詞の過去形現在の意味で使うようになった単語たちです。現代英語の助動詞 can, may, must, shall はいずれももともとは「過去現在動詞」です。これらの助動詞に三単の -s がつかないのは、もともと過去形に由来するからです。現代英語でも過去形にはすべての動詞において語尾の -s はつきません。

しかし、現代英語で can, may, shall は過去形 could, might, should をもつのに、must には過去形がありません。このあたりの事情はややこしいです。

must の祖先にあたるのは moste という古英語で、これは過去現在動詞 motan の、古英語の時代にさらに新たに作られた過去形(or 仮定法の形)です。つまり、《「動詞の過去形に由来する現在の意味の動詞」から作られた過去形に由来する、現在の意味で使う動詞》という動詞なのです。(ややこしい!)

時系列をまとめるとこんな感じ。

古英語以前
*motanan

この時代は文献がないので、記録が残っていない。*は記録は再建された形を示す。

古英語
motan(過去現在動詞)

時制の昇格1回目。古英語以前の動詞の過去形が「過去現在動詞」として、「してよい」という現在の意味で使われるようになった。

古英語
moste(過去現在動詞の過去形)

現在の意味で使われるようになった motan から新たな過去形 moste が作られた。この時代は次の二つの形が共存している。
motan(現在)
moste(過去)

ややこしいのは、語形としては過去の moste が過去・現在問わず使われるようになっていく点である。

現代英語
must(助動詞)

時制の昇格2回目。そして近代以降残ったのは、must という語形である。
must の語形・・・過去形に由来
must の意味・・・現在「しなくてはいけない」

このように意味と語形がずれている。そのため現代英語 must には過去形がない。

must の意味

さて、ここからは、must という単語の意味の変遷を考えていきます。そして本題の否定の意味に迫っていきましょう。なぜ must「しないといけない」 の否定がそのまま裏返して「しないでいい」とならず、「してはいけない」となってしまったのでしょうか。

助動詞は時代と共に意味を大きく変化させてきた言葉たちです。can, may, will, must, shall など、どれをとっても、1000年以上前の古英語では意味が今とは多かれ少なかれずれています。must の祖先に当たる古英語 motan は今と違い、「してよい」(be allowed to do)という意味でした。

つまり、must は次のように意味を変化させていったわけです。

must という単語の意味変化

古英語「してよい」(許可)
これを「柔らかい意味」と呼ぶことにします。

現代英語「しなければならない」(義務)
これを「キツい意味」と呼ぶことにします。

現代英語では、can「できる」(能力)「してよい」(許可)の意味があります。さらに may にも「してよい」(許可)の意味があります。それに対して、must「しなければならない」(義務)という意味だとされます。

一般に、丁寧度が高い表現、つまり柔らかめの表現は次第に婉曲性・丁寧さを失っていき、そこを埋めるように新たな表現が必要とされるような傾向があります。この記事では、この変化を一般的なものとして、受け入れることにします。

「許可」を表した must が次第に「義務」へと「キツい」意味に変化していき、その空席を埋めるように may が「許可」で使われるようになります。しかし、今では may はやや「上からの許可」というニュアンスがつきまとい、may は may で丁寧さが失われた結果、can が「してよい」の「許可」で日常的には使われるようになりました。(この内容について詳しくは、寺澤(2008)を参照。)

「してよい」(許可)を表す単語の変化

古英語
must(の古語)

現代英語
may(正式;尊大な感じ)
can(日常的に使う)

can や may の意味変化も大変興味深いのですが、それについて語り出すとさらに話がややこしくなるので、今回は must に話を絞っていきます。

冒頭の話題に戻り、must not という、否定形の意味について考えます。ここまでの話を考えるともうおわかりだと思いますが、must not「してはいけない」という「禁止」の意味は、古英語の「してよい」の意味の裏返しであることがわかります。

つまり、歴史的に見ると、肯定の must は「しなければならない」という意味に変化し、否定の must not は「してはいけない」という意味を保存していることになります。

must という単語の意味変化(肯定・否定)

肯定否定
古英語してよいしてはいけない
現代英語しなくてはいけない
(許可→義務に変化)
してはいけない
(変化なし)

さて、ではなぜそんなことになったでしょうか。

結論を言いますと、この理由はわかりませんでした(泣)。

私も手元にある英語史関係の本を10冊近く調べましたが、must の意味変化については、否定の場合に言及しているものが一つもなく、暗礁に乗り上げたというところです。そもそも、否定だけ意味が変化しなかっただけのように見えて、実際には肯定と同じように意味変化があったのかなどはわかりません。

しかしそれだけで諦めるわけにはいかない! そこで、古英語と現代英語の間に位置する中英語の意味変化を見てみることにします。(この辺からドツボにハマっていきます・・・。)

ミシガン大学の中英語のデータベースにあたってみると、中英語期は「してよい」と「しなければならない」の意味が共存していて、それぞれの意味の事例が次のように挙げられています。

[1a]
to be arrowed, permitted「してよい」
引用例74件。うち23例が否定の「してはいけない」

[2a]
to be compelled「しなくてはいけない」
引用例67件。うち否定は0件

このデータを見ても、新しい意味の「しなくてはいけない」は否定では使われず、否定表現は古い意味の「してよい」の否定である「してはいけない」で使われ続けていたであろうことが見て取れます。

先ほどの意味変化の流れを考えると、そもそも「してよい」→「しなくてはいけない」の変化は、言うなれば「柔らかい意味」→「キツい意味」への変化でした。この流れが一般的であるとすると、否定形だけ意味が変化しなかった理由もわかります。柔らかい「してよい」意味の否定が「してはいけない」という「キツめ」の表現にそもそもなっていたため、この変化を被らなかったのではないでしょうか。

という訳で、must の意味変化は、肯定だけで「許可」→「義務」の「柔らかい」→「キツい」意味の変化が起き、否定では最初から「キツい」意味だったので変化が起きなかったとというのが私の推察です。

一般人にできるのはここまでです。後は専門家の意見を伺いたいところです。

Q
共時的な説明

この章では、助動詞 must の意味変化を通時的な視点、つまり英語史の流れに沿って考えてきましたが、ここでは現代を軸に、今の現象に今の材料を使って否定の意味を考えてみることにします。こういった視点を、通時的な視点に対して共時的な視点と呼びます。

現代英文法を扱った本では、must not の意味は次のように説明されることが多いようです。

must の否定 not は、助動詞 must ではなく、後ろの動詞に作用している。

【例】
I must not go there. を次のように分析する。

I must [not go there].
私は [そこに行かないこと] が義務である。
→私はそこに行ってはいけない。

このように考えると、must の意味を固定したまま、現代語の must not do の意味を説明することができます。さらに、don’t have to と must not の意味の違いも次のように説明できます。

I don’t have to go there.
=I am not [required] to go there.
私はそこに行くことが必要とされていない。
→私はそこに行かなくてよい。

I must not go there.
=I am required not [to go there].
私はそこへ行かないことが必要とされている。
→私はそこへ行ってはいけない。

[ ・・・ ] の語句が not の作用域と考える。

このように、don’t have to と must not の意味の違いが鮮やかに説明できますが、いくつか問題もあります。まず、こうしてしまうと、must そのものには意味的な否定が存在しないことになります。must not の not は助動詞ではなく、後ろの動詞にかかることになるからです。しかし、cannnot や should not など、多くの助動詞の否定表現はやはり助動詞を否定していることは明確です。must だけ否定語の作用方向が異なるのはやや説得力に欠けてしまいます。

【こぼれ話】
実は、いくつかの文献を読んで、この点に疑問を持ったのが今回の記事に取りかかるきっかけでした。そのため、本編では通時的な視点からこの問題に取り組んで見た次第です。共時的な説明と通時的な説明は、互いに相補的に現代語の事象を説明してくれるものであって、どちらが正しい、というものではない点にご留意ください。

“don’t have to” vs “must”

いくつかの補足

have to の方が新しい

have to do と must do は多くの文法書では「助動詞」という単元で、しばし代替表現として習いますが、歴史的には have to do が表現として確立する方が後の時代です。

そもそも、古英語の時点では、may(古英語 mæg)、can(古英語 cunnan)、will(古英語 willan)のような、現代では助動詞(or 法助動詞[modal verbs])として扱われる単語は、まだ「普通の」動詞に近い使われ方をしていました。現代英語では「助動詞の後ろは動詞の原形不定詞」という、かなり強力なルールがあり、それを破ることは砕けた会話でもほとんど許されません。しかし、古英語では will が後ろに不定詞ではなく、名詞のみをとったり、that節のようなものをとったりできたように、使い方は普通の動詞に近いものがありました。今で言う will can のような連続も観察されました。(現在でもスコットランド英語の一部ではこの連続が見られるそうです。)

時代が近代まで進むと、これらの動詞が助動詞という、いわば「特別な動詞」になっていきます。そうすると、やはり「普通の動詞」を使って同じような表現を持っておく方が何かと便利、ということになり、be able to [=can] や be going to [=will] などの代替表現が使われるようになります。

have to もそうして生まれた代替表現でした。現代英語の must は前章で見たとおり、それ自体過去形に由来します。そのため、「しないといけなかった」や「しないといけないだろう」を明示的に示すには、must の代わりに had to do や will have to doという代替表現が必要になってきたのです。

同じようにドイツ語やフランス語にも [have to] に当たる単語の組み合わせで「しなければいけない」という義務を表す表現が見られます。

「私はそこに行かないといけない」の表現
青字は英語の《have》, 赤字は英語の《to》に相当する単語

英語
I have to go there.

ドイツ語
Ich habe dahin zu gehen.

フランス語
J’y ai à aller.

各言語でこの表現がどこまで一般的であるかは置いておいて、《have to》に相当する組み合わせで「しないといけない」を表すことは各言語で可能であるのがわかります。

ドイツ語の müssen と英語の must

英語の must に当たる法助動詞は、ドイツ語では müssen という単語です。肯定では英語と同様「~しなければならない」という意味ですが、否定は「しなくてもよい」という意味です。

英語 must
肯定「しなくてはいけない」
否定「してはいけない」

ドイツ語 müssen
肯定「しなくてはいけない」
否定「しなくてもよい」

これらの単語は同語源ですが、否定の意味は英語とドイツ語でずれているのが興味深いところです。現代語だけみると、ドイツ語の方がそのまま肯定の裏返しであるかのように見えます。先述の通り、英語の must は古英語 motan の過去形(or 仮定法)が現代に受け継がれたため、現代英語 must には過去形がありません。一方ドイツ語 müssen は古いドイツ語の過去現在動詞(前章の時制の昇格1回目を経た段階)を現代に引き継いでいるので、過去形 musste が存在します。

さて、現代ドイツ語で「してはいけない」はどうやって表すかというと、「許可」を表す別の助動詞 dürfen を使います。

ドイツ語 dürfen
肯定「してよい」
否定「してはいけない」

このあたり、ドイツ語の現代語を見ると、肯定のそのまま逆の意味が否定になっていてわかりやすいです。

Q
ドイツ語 müssen とrfen の意味変化

ドイツ語で「しなくてはいけない」を表す müssen は英語の must と同じように「許可→義務」の意味変遷を遂げました。英語と違うのは、否定も意味を変えて「しなくてよい」という意味になっている点です。この辺の事情は面白いですが、詳細に解説している文献に出会えていないので深入りしないでおきます。

ドイツ語の dürfen にあたる英語は、古英語に durfan というものがあり、どちらの言語でも古語では「必要とする」という need のような意味でした。英語の durfan はその後廃語となりましたが、ドイツ語では「してよい」と意味を変えて現代でも使われます。興味深いのは「必要とする」という意味が「してよい」という許可の意味へ移り変わったことです。この辺の事情にも深入りできません。(賢明)

ドイツ語では接辞をつけた bedürfen という動詞もあり、この動詞は dürfen の本来の「必要とする」という意味を現在まで保っています。

助動詞の意味変化は、さながらスポーツの守備陣形のようで面白いです。各言語で育ちが同じ選手や全く違う選手が、様々な場所を守って、時に守備陣形を変えながらベストのポジションを探っているように見えてきます。

以上が don’t have to と must not の意味変遷について考えたことのあらましです。本当に軽い気持ちで書き始めたのですが、この単純なテーマから壮大な言語変化の物語が展開されるようでわくわくすると共に、わからないことだらけの現状にめまいがする思いです。他の助動詞の意味変遷や関係が深い言語の類似表現など、知りたいことが次から次にでてきて、頭が休まることがありません。また別の機会にこの続きを考察しましょう!

参考文献
  • 中野清治(2014)『英語の法助動詞』開拓社
    [現代語 must の共時的な意味の説明はこの本を参考にした。一つの助動詞につき1章を使い、現代英語の助動詞の用法を詳細に解説している。]
  • 寺澤盾(2008)『英語の歴史 過去から未来への物語』中公新書
    [can, may, must の意味の連動した変化については本書を参考にした。英語史の入門書の中でも最も気軽入手できるので、最初に読む本としておすすめ]
  • 中尾俊夫・児馬修(1990)『歴史的に探る現代の英文法』大修館書店
    [過去現在動詞に由来する動詞が法助動詞として確立し、代替表現が近代以降生み出された事情については本書を参考にした。英語の構文の変遷を主に扱った本の中では、日本語で書かれた最も手に入りやすい書籍であり、大変重宝する。]
  • Barnhart, Robert K.(1988), Chambers Dictionary of Etymology, Chambers Publishing Limited
    [個人レベルで所有できる語源辞典の中では最高峰の1冊。]
  • Duden (2020), Das Herkunfts Wörterbuch; Etymologie der deutschen Sprache 6. Auflage Dudenverlag, Berlin
    [ドイツ語の語源辞典では最も新しく、最も入手しやすい。]
  • Middle English Compendium ウェブサイト
    (https://quod.lib.umich.edu/m/middle-english-dictionary/dictionary)
    [ミシガン大学が提供する中英語を扱った辞書、用例集。アマチュア語学ファンにとって神様のような存在。ありがたや、ありがたや。]
ABOUT ME
yarusena
yarusena
巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
記事URLをコピーしました