多言語と英語史の沼にハマった英語教員が、英語の「比較」について改めて考えてみた

imaizumisho

「トムは背が高い」という文を作るのは簡単です。

Tom is tall.

となります。「トムはジョンより背が高い」としたいなら、どうするでしょうか。私が中学生に初めてこの文を教えるとき、「~より」は than という言葉を使うと教えます。

では、Tom is tall than John. でいいでしょうか。

日本語の感覚で「ジョンより」を付け加えるとこのような文になるわけですが、英語に慣れた人はこの文に強烈な違和感を覚えてしまいます。英語では、うしろに「~より」という語句をつけると、tall という単語の形が変わらないといけないからです。

最終的に「トムはジョンより背が高い」は次のようになります。

Tom is taller than John.

中学2年の教科書に収録されている比較級を使った文はこのように生み出されます。学習者は、比べるときは形容詞・副詞の形を変えないといけないと教わるわけです。

形容詞の形を変えて比較級・最上級という形を表すという考え方は日本語には見られません。そのため、わざわざ形を変える英語のことを不思議に感じてしまうのも無理からぬ話です。実は、ヨーロッパの言語にはこの比較級・最上級というものが広く見られます。今回は、「比較」について、主に語形変化の点から考えていきたいと思います。

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他言語では

英語の比較変化の背景を考える上で、参考になるのが他言語の比較変化です。ここでは英語と関連が深いドイツ語・フランス語・ラテン語の比較変化を見ていくことで、英単語に見られる様々な比較変化の謎に迫ります。

ドイツ語の比較

ドイツ語は英語と同じゲルマン語という語族に属します。そのため、本来は英語とドイツ語は比較級の作り方も同じなのです。

では、ドイツ語ではどのように形容詞を比較級・最上級にするか。

答えは単純で、一部の特別な形容詞を除くすべての形容詞において、-er, -st の語尾で比較級・最上級を作ります。英語の比較変化の最初に習う、taller, tallest のような語尾変化がすべての形容詞で起きると考えていいでしょう。

以下は、ドイツ語の基本的な形容詞の比較変化です。

hell(明るい)-heller-hellst
klein(小さい)-kleiner-kleinst
heiß(暑い)-heißer-heißest

英語で small-smaller-smallest となるのと同じように、語尾が変化しているのがわかると思います。英語の interesting にあたるドイツ語 interessant は長い単語ですが、interessanter, interessantest という変化をします。ドイツ語では、ラテン語由来のどれだけ長い単語でも語尾で比較変化を表すのです。

いくつかの形容詞は、語尾だけでなく、幹母音(強勢がある母音)が変化します。

groß(大きい)-größer-größst
lang(長い)-länger-längst
nah(近い)-näher-nächst

ここで起きている幹母音の変化は「ウムラウト」という現象で、ゲルマン語に広くみられます。ここでは深入りしませんが、詳しくは以前のドイツ語の発音の記事より「ウムラウト」の項を参照してください。

ドイツ語で lang(ラング)が länger(レンガー)のように発音を変えているのは、英語で long が名詞になって length に変わるのと原理的には同じような現象です。これが「ウムラウト」という現象です。英語では比較変化をする際にこのウムラウトを残しているのは old-elder-eldest という変化のみです。

最後に挙げた nah(近い)は、英語の neighbor「近所」といった単語と関連しています。原級は英語では消失しましたが、実は、比較級が near, そして最上級が next という単語として残っています。next には [st] という最上級の「音」が入っているのに気づくでしょうか。「一番近い」から「次の」と意味を変化させていったのです。このように、見慣れた単語でも実は比較級や最上級に由来するということはよくあります。

フランス語の比較

現代フランス語では、一部の例外を除いて、形容詞・副詞の前に単語を付加することによって比較変化させます。

比較級にするには、形容詞の前に plus という語を付け加えます。

Ce livre est interessant.
この本は面白い。

これを比較級にしてみます。

Ce livre est plus interessant que celui-là.
この本はあの本より面白い。

形容詞自体の形は変わらず、その前に単語を付加することで比較級にするのです。発想としては、英語で形容詞の前に more をつけるのと同じですね。こちらは単語の形をいちいち変えなくていいので、その点は楽です。

最上級はさらにシンプルで、比較級の前に定冠詞をつけるだけで最上級になります。

Ce livre est le plus interessant.
この本はいちばんおもしろい。

※ le は男性単数名詞につく定冠詞

フランス語では、比較変化の際、一部の例外的な単語を除いて、単語そのものを変化させることはなく、このように前に単語を追加することで比較級・最上級をつくります。この方が、少ない材料で幅広い単語に適用できる方が学習者としてはありがたいのは確かです。

ラテン語の比較

ラテン語は、イタリア語、スペイン語、そして先ほど挙げたフランス語などの現代語の祖先に当たる古典語です。英語はラテン語から直接派生した訳ではありませんが、長い歴史の中で多大なる影響を受けました。

ラテン語の比較級・最上級について知っておくと、中級レベル以上の英単語学習の際に大きなアドバンテージがあります。

ラテン語では、現代フランス語とは違って、語尾変化で比較級をつくります。典型的なのは -ior, -issimus という語尾を付すことで比較級・最上級をつくるパターンです。

longus「長い」
※ 原級の語尾 -us はラテン語の格語尾で、語幹は long- の部分

比較級 longior
最上級 longissimus

ここに挙げた、longus-longior-longissimus は、この形容詞の男性単数主格の比較変化で、ラテン語ではここからさらに性・数・格に合わせて語尾が変化していきます。

このようにラテン語はフランス語と違って、語尾で比較を表すのが一般的です。最上級の -issimus はイタリア語で -issimo という語尾になるので、音楽用語でなじみがある人も多いでしょう。fortissimo「フォルティッシモ」は forte「フォルテ」の最上級というわけです。

英語の勉強をしていると、superior, inferior, junior, senior といった単語が文法書に出てくることがあると思いますが、これらの単語はラテン語の比較級に由来する英単語です。これらの単語では、比較対象を than でなく to で表すと習いますが、これはラテン語の特定の格の代わりに英語では to を採用したからです。

ちなみにこれらの単語は、better, worse, younger, older といった日常語に比べて非常にフォーマルな単語であって、例えば younger than = junior to なんて書き換えが成立する場面などは実際にはほとんどありません。英語に強くなりたいなら、これらの単語は学校向けの文法問題集だけでなく、辞書を引いて語感や使用場面を勉強しておくことをおすすめします。

さて、ここからは語彙の話です。superior はラテン語の比較級ですが、原級と最上級は次のようになります。

原級  superus「上の」
比較級 superior「より上の」
最上級 supremus「一番上の」

ラテン語の superior という単語はそのまま英単語になっています。最上級は supremus というやや不規則な変化なのですが、こちらも supreme「最上の」という意味でほとんどそのまま英語に入っています。このように、英単語になっても、比較級由来の単語は -ior、最上級由来の単語は -m- の音を保っていることが多いです。

もう一つ例を挙げましょう。「前に」という接頭辞が pre- という綴りで表されることを知っている人も多いでしょう。preview「プレビュー」などに典型的に入っています。さて、この比較級に由来するのが prior という英単語です。prior to「~より前に」という形で使うことが多いです。やはり比較対象を to で表しています。ここから派生させて priority「優先」、prioritize「優先する」という単語も重要です。ラテン語の最上級は premus ですが、英語化すると prime ですね。もともと「一番前」という意味でそこから「最良の」という意味に変化していきました。primitive「未開の、原始の」といった英単語もここに由来し、こちらの方が「前」の感じを残しています。

このように、実はラテン語の比較級・最上級に由来するという単語はずいぶん多いです。以下の表のうち、格段上の青の背景の単語はラテン語で、その下の赤字の単語はそこから派生した英単語です。major や minor などの基本単語もラテン語の比較級に由来しているのがよくわかるでしょう。

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英語における比較の歴史

英語における比較変化は主に次の3種類です。

① -er, -est の語尾変化による
② more, most を前につける
③ 完全不規則

以下では、これらの変化の由来について考えていきましょう。

① -er, -est の語尾変化による

この変化は先ほど挙げた他言語の例では、ドイツ語と同じです。この変化はゲルマン語に固有のもので、これこそが英語の本来の比較変化だったと言えます。1000年ほど前の古英語ではすべての形容詞をこのように語尾変化で比較級・最上級にしていました。

古英語では形容詞の語幹に -ra, -ost の語尾をつけることで比較級・最上級、を作っていました。

現代英語
fast-faster-fastest

古英語
fæst-fæstra-fæstost

古英語の比較級 -ra の中、比較の意味を担うのは -r- の部分で、後ろの -a は男性主格の格語尾です。つまり、現代語の英語やドイツ語と同じく -r 音の追加が比較変化の本質といえます。これはラテン語の -ior とも似ています。

中には現代ドイツ語と同じように、幹母音がウムラウトを起こすものもありました。

現代英語
long-longer-longest
strong-stronger-strongest

古英語
lang-lengra-lengest
strang-strenger-strengest

現代英語では比較変化の幹母音は統一されましたが、これらの単語は派生したときに、length, strength, strengthen などの形でウムラウトした音を今に伝えています。現代語の old-elder-eldest はこのパターンが現代まで生き残った唯一の例で、近代以降、新たに old-older-oldest と幹母音がそろったバージョンがまた作られたわけです。

学習の最初の段階で習うため、英語の形容詞の多くはこの -er, -est パターンで比較変化をさせると思われがちですが、実際に英語の語彙全体ではこのパターンの形容詞は少数派です。ただし、この語尾変化による形容詞は日常的に非常によく使う基本単語が多いので、使用頻度はとても高くなっています。

② more, most を前につける

この変化のパターンは中世後半以降、広がっていきました。その際フランス語やラテン語の影響も大いにあったことも指摘されています。

現代では、大部分の英単語はこのように more, most を前につけることによって比較級・最上級をつくります。

13世紀以降は語尾変化の変化とmore, most の変化が共存するようになり、時代によってどちらが優勢かは変わることもあったようですが、この共存は現代まで続いています。初期近代英語では more harder のようないわゆる「二重比較」も見られますが、現代にかけて淘汰されていきました。私たちも作文や会話でやりがちなミスですが、これが使われていた時代もあったわけです。ちなみに現代英語でこの「二重比較」に由来する単語は less という比較級の形から作られた lesser という単語のみです。

現代英語では2音節以下の短い単語は語尾変化パターンで、3音節以上の長い単語は more, most をつけるとされている教材が多いですが、実際にはこれらの規則から逸脱する例は非常に多く見られます。これについて詳しくは次の章で詳述します。

③ 完全不規則

比較変化で最重要とされる good-better-best といったものは、不規則な変化と習います。ここでは、本来別の単語から better, best という変化形を借りてきました。原級から派生してできたわけではないのでこれだけ形が異なるのです。

こういった変化のことを「補充法」(suppletion)と言います。他の例で言うと、go の過去形 went や、one の序数 first などもこの「補充法」による変化です。いずれも元の形から派生した訳ではないのでまったく不規則な形をしています。

現代英語で不規則な比較変化をする単語は、古英語の時代からの補充法の変化を受け継いでいます。以下にその例を挙げます。

補充法の比較変化
( )内は古英語形

good-better-best
(god-betra-betst)

little-less-least
(litel-læssa-læst)

much/many-more-most
(micel-mara-mæst)

bad-worse-worst
(yfel-wyrsa-wyrst)

最後の例の原級 yfel は現代語 evil の祖先です。現代では「邪悪な」という意味で使われますが、1700年頃まで「悪い」を表す一般的な単語でした。bad は1300年から1700年にかけて、badder-baddest といった規則的な比較変化も見られていましたが、シェイクスピアは worse-worst の変化を用いたとされています。

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変化のしかたはややこしい

以上見てきたとおり、英語の比較級・最上級の作り方にはいくつかの方法があって、決して一概に説明することはできません。これがややこしいところです。

18世紀以降の規範文法では「3音節以上の長い単語は②のように more, most をつける」というルールを提唱し、それが国内外の文法教材の記述として定着しています。しかし、その分類には実際のところ、多数の例外が存在するのも確かです。

ラテン語系統の外来語は、見た目は短くても、more, most の方が一般的な語も多いです。real, common などは、more, most をつける変化の方が優勢です。

google の書き言葉のデーターベスである 《Google Ngram Viewer》で1800年以降の more real と realer の語形の登場頻度を比較したグラフ。一貫して more real の語形の方が優勢であるのがわかる。よく見てみると、2000年代移行は、やや realer の語形も増えているのも興味深い。

ゲルマン語由来でも、日常的に使用頻度の低い語や、やや高尚な響きの単語は、2音節以下でも more, most 勢力になることが多々あります。

ゲルマン語由来の形容詞 wary の比較変化の頻度を表したグラフ。more をつけるパターンの方が多く観察されているのがわかる。

ラテン語由来の acute は、もっぱら more acute という比較変化をしますが、この単語から最初の a- が落ちてできた cute という単語は、ご存じの通り cuter, cutest と変化します。この単語なんかは、日常語として完全に「英語化」していると言えます。

以上のように、英語の比較変化は一筋縄ではいきません。普段あまり使うことのない形容詞を比較級・最上級にするときは、辞書で確認しておくことが無難です。知っておいたらいいこととしては、「-er, -est をつける形容詞は、全体の中では少数の選ばれし単語たち」ということです。

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おわりに

英語の比較級・最上級は、その語形変化でもなんともややこしいですね。これは様々な言語の特徴が入り交じった英語らしいといえば、英語らしい現象です。時代によっては more, most の方ですべて統一しようという気勢の時代もあったようですが、揺り戻しが起きたり、また統一しようとしたり・・・という変動があって、現在の状況になりつつあります。どちらかというと、英語史の流れは、「語形そのものを変化させる」→「別の単語との組み合わせで役割を示す」という一大潮流が根底にあります。その点、-er, -est の変化を保っている日常語は、古い姿を一生懸命保っている単語と言えるかもしれません。そう考えると何やら見慣れた単語にも愛着が持てるものです。

単語としては、以外にも比較級・最上級由来という単語も面白いです。「近い」という古い単語の比較級が near, 最上級が next という意識はもちろん現代人にはないので、near からさらに nearer, nearest という単語を生み出しています。こうして英語の語彙はどんどん豊かになっているのですね。

さて、比較は語形変化だけではありません。比較表現は、文中で様々な構文を形成するとても面白い分野です。今回は構文までは深入りできませんでしたが、比較表現には、《the 比較級, the 比較級》《not so much A as B》《no more 比較級 than)》などの豊かなバリエーションがあります。これらの構文についても英語史や他の言語との比較を通して、またいつか検討してみたいと思います。

乞うご期待!

参考文献
  • 片見彰夫・川端朋宏・山本史歩子編(2018)『英語教師のための英語史』開拓社
  • 家入葉子・堀田隆一(2023)『最新英語学・言語学シリーズ21 文献学と英語史研究』(開拓社)
  • 中尾俊夫・児馬修(1990)『歴史的に探る現代の英文法』大修館書店
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巷の英語教員・語学人間
2019-2020年にかけて存在したサイト『やるせな語学』をリニューアルして復活させました。いつまで続くやら。最近は古英語に力を入れています。言語に関する偉大な研究財産を、実際の学習者へとつなぐ架け橋になりたいと思っています。
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