【vsオランダ語への偏見: 1st round】英語とドイツ語の間ではない!
こんにちは。やるせな語学の imaizumi です。最近は割と集中してオランダ語を勉強しています。英語とドイツ語の学習経験があるので、オランダ語はある程度スピード感を持って理解できるようになったと思います。
そんなオランダ語なのですが、実は世の中には様々な思い込みや偏見があふれていることで私の中では有名です。そして、実際にオランダ語を知ると、それは何の根拠もない説であることがあります。
今回からのいくつかの記事では、オランダ語にまつわる様々な偏見を紹介し、私なりにその偏見を正し、最終的には言語にまつわるイメージというものはどのように生まれていくかについて考えていこうと思います。
今回扱うのは、「オランダ語は、英語とドイツ語の中間である」という説です。
E 英語
Du オランダ語
G ドイツ語
/ / 音素を表す
[ ] 発音を表す
< > 綴り字を表す

英語、オランダ語、ドイツ語は西ゲルマン語群という言語のグループに属しています。同じグループであるので、系統的には非常に近い関係の姉妹言語です。
比較的学習人口の多い英語とドイツ語ですが、両者は歴史の偶然で、音声(聞いた感じ)や綴り字(見た目)、文法において、実際にはずいぶんと違う発展を遂げました。単語の「形」に関しても、動詞の活用や名詞類の格変化が単純化した英語に対し、複雑な語形変化を残すドイツ語という構図があります。
オランダ語は、名詞の格変化は失われているので、その点では英語的であり、一方で動詞はそれなりに活用を残すので、その点ではドイツ語的という見方です。また、地理的にオランダ語圏はイギリスとドイツ語圏の間に位置していることもこのイメージと合致します。
それゆえ、オランダ語は英語とドイツ語の中間であるという偏見が生まれるのです。
しかし、ここに落とし穴があります。
言語を考える際に、重要な点は次の通りです。
複数の言語の比較において、何が極であり、何が中間であるかを決めることは簡単ではない。
言語の相対的位置づけは、何を基準にし、どの観点で見るかで常に変わる。
「古い」を意味する単語を3言語で見てみましょう。
| E | Du | G |
| old /əʊld/ | oud /aʊt/ | alt /alt/ |
ゲルマン祖語の語幹は *ald- です。
これだけ見ると、次のような考察ができます。
❶語頭の母音について、単(短)母音のドイツ語が最も保守的。二重母音の英語・オランダ語は革新的。
❷/l/音について、英語・ドイツ語は保守的。脱落したオランダ語は革新的。
❸語末の子音について、英語は保守的。綴り字上の<d>を[t]と発音するオランダ語は中間的。第二次子音推移(/d/>/t/)を経験したドイツ語は最も革新的。
この場合、「オランダ語は中間的特徴を示す」とかろうじて言えるのは、❸の観点のみです。他は、オランダ語は両極のいずれかにありますし、そもそも「中間」という立場を設定することに無理があります。
このような基本単語の1語を取ってみても、どの観点で述べるかを厳密にして初めて両極や中間の議論が可能になります。そして、その結果は視点によって常に変動します。
以下では、私なりに大雑把な観点を設定し、3つの西ゲルマン語の性格を分類してみましょう。ただし、ここまで述べた通り、これらの観点は、やはり詳しく個別に見ていくと、別の評価をする余地が多分に残されるという点にご注意ください。
子音の発音体系がゲルマン祖語に近い
ドイツ語<英語<オランダ語
子音の発音は、高地ドイツ語子音推移という大規模な変革を受けたドイツ語が最も変化した。北海ゲルマン語的特徴の口蓋化などを経た英語がそれに続く。オランダ語は全体的に見ると、最も古語の体系に近い。
| E | Du | G |
| apple | appel | Apfel |
| book | boek | Buch |
| ten | tien | zehn |
| water | water | Wasser |
| open | open | offen |
| day | dag | Tag |
安定した子音とは異なり、母音の体系は各言語でそれぞれに多様な変化を受けているので考察しない。(次項のウムラウトを除く)
ウムラウトが起きる度合い
オランダ語<英語<ドイツ語
長母音でウムラウトが起きないオランダ語が、最もウムラウトの影響が少ない。実際、オランダ語学習でウムラウトを意識する場面は皆無と言っていい。英語は feet, men などの複数形にも一応使われる。ドイツ語は文法のあらゆる場面でウムラウトを利用する。
「チーズ」
| E | Du | G |
| cheese | kaas | Käse |
発音と綴り字の一致
英語<<ドイツ語<オランダ語
本来語の発音から綴り字が最も乖離したのは周知の通り英語である。
やや極端な例
| E | Du | G |
| knight /nait/ | knecht /knɛxt/ | Knecht /knɛçt/ |
特に本来語の母音の長短(厳密には張りと緩み)を表すことにおいてオランダ語は徹底していて、閉音節の単母音字では必ず短母音で、開音節と二重母音字では必ず長母音となる。
e.g. 「(あなたは)与える」
| E | Du | G |
| give /giv/ <give | geeft /ɣeːft/ <geven | gibst /giːpst/ <geben |
動詞の活用・名詞類の語形変化の複雑さ
英語<オランダ語<ドイツ語
直説法の現在、過去の人称語尾は、三単現のみの英語に対して、ドイツ語の複雑さが目立つ。現在も過去も複数人称が同一語尾になるオランダ語は両者の中間的特徴を示す。英語・オランダ語は仮定法(古くは接続法)と直説法の形態的な区別が実質失われている。
| E | Du | G | |
| 原形 | make | maken | machen |
| 1sg | make | maak | mache |
| 2sg | make | maakt | machst |
| 3sg | makes | maakt | macht |
| 1pl | make | maken | machen |
| 2pl | make | maken | macht |
| 3pl | make | maken | machen |
名詞の性の区別は、英語はなし、オランダ語で2つ(両性と中性)、ドイツ語で3つ(男性と女性と中性)。
名詞の複数形の作る際は、ほとんど -s に落ち着いた英語が最も単純で、-en, -s を使い分けるオランダ語が続く。ドイツ語の複数形の作り型は語尾とウムラウトを組み合わせた複雑なものである。形容詞の性数格変化は、英語なし、オランダ語は一部で -e の語尾をつけるのみ、ドイツ語はすべての性数格に応じた非常に複雑な語形変化を残す。
ただし、比較級・最上級の作りかたは、英語がゲルマン語的 -er/-est とロマンス語的 more/mostを併用するのに対し、ドイツ語は常にゲルマン語的語尾のみを用いる(幹母音はしばしウムラウト)。
枠構造・分離動詞
英語<オランダ語<ドイツ語
枠構造とは、動詞を平常文の文要素の2番目に置き、動詞と最も結びつきが強い語が文末に来る文構造のことである。従属節では動詞は文末に現れる。英語や北ゲルマン諸語にはこの性質はない。
ドイツ語は枠構造に関するルールが最も厳しい。平叙文では定動詞第2位が厳しく守られ、動詞と結びつく要素は語末が大原則である。前置詞句を枠構造の外に配置する「枠外配置」は原則として起きない。
オランダ語は定動詞第2位はドイツ語と同様に遵守されるが、文の要素を枠構造の外に配置することも多い。特に前置詞句は枠外配置が一般的である。


借用語の多さ
ドイツ語<オランダ語<英語
借用語の多さは定義するのが特に難しい。各言語の語彙全体を語ることは筆者の手に余るところであり、かといってどの階層の語彙を扱うかでその基準は大きく変わるからである。一般論としては、やはり英語が最も借用語が多い。ただし、日常的に使う基本語彙に限るとその差はほとんどない。
オランダ語はフランス語との接触が常にあり、多くの本来語には、使用域が異なる借用された類義語がある。einde/finale「終わり」、vrijheid/liberteit「自由」などが共存している事情は英語に似ている。
ドイツ語は一般的には最もフランス語・ラテン語・ギリシャ語からの借用語が少ない。ロマンス語系の多くの概念を本来語の組み合わせによる翻訳借用で取り入れてきた経緯がある。例えば、Fernsehen「テレビ」は television の翻訳語である(Fern=tele 遠い、sehen=vision 見る)。
ただし、学問名に関しては、他の多くのヨーロッパ言語がギリシャ語系の借用語を使う場面でもオランダ語は本来語で表したりするので、借用語の幅のきかせ方はやはり一概には述べられない。

「病院」のように英語のみ借用語、あるいは「環境」のように英語とオランダ語のみ借用語になる例が実際の語彙では多いが、見ての通り単語によって状況はかなり異なる。
「数学」や「物理学」のような学問名はオランダ語のみ本来語という例が多い。一方で、「書く」の基本語のように英語のみ本来語という例は珍しい(筆者の知る限り、他に sell, buy がある)。
ただし、本来語と言っても英語の window のように古ノルド語の流れを汲む単語もあったり、借用語と言っても Fenster, schreiben, schrijven のように非常に早い時期にラテン語からゲルマン語に借用された単語もあり、これらを統一的な基準で語ることは難しい。
以上、オランダ語にまつわる偏見の代表例である「オランダ語は英語とドイツ語との中間である」という理論についての私なりの考えを提示してみました。
前節の内容をまとめると次のようになります。

このように、中間と両極の議論は観点を厳密に定義して初めて可能になります。さらに、ここに提示した順番さえもさらに少し視点をずらすだけで結果は変わってしまうということが理解できたと思います。
本節では、オランダ語にまつわる偏見が何故生まれるのかを私なりに考察します。
私が思いつく理由は2つです。一つは、オランダ語が、英語とドイツ語という母語話者数や学習者数の多い大言語と近接していることです。
オランダ語は、常に英語やドイツ語との比較にさらされます。これ自体は学術的にも語学的にも意義のあることです。ただし、話者数の多い言語と並べられると、意識するとせずとに関わらず、英語やドイツ語を基準(i.e. 標準)に設定してしまっている場面が多いのです。
例えば、「オランダ語はドイツ語の方言である」という、より論破しやすい偏見があります(次回の記事ではこの偏見が誤りであることを詳しく見ていきます。)この主張の根本的な問題は、本来対等な関係にあるはずの現代語を、いつの間にか「標準」と「方言」という階層関係に設定してしまっている点です。言語に関する偏見の多くは、よく知られた言語を基準にして、それの外れ値として別の言語を形容する場面が非常に多いのです。英語とドイツ語という大言語に近いオランダ語は常にこの被害者になる傾向があるわけです。
もう一つの理由は、オランダ語自体の影響力が小さくないということです。オランダ語はベルギーとオランダという欧州の小さな大国の言語であり、どのような言語かは知らないが、聞いたことぐらいはあるという人が多いわけです。
これらの結果、オランダ語は偏見にさらされやすい言語になっているというのが私の印象です。
なにはともあれ、言語は学習してみないとどんな言語か分かりません。
このサイトではオランダ語の学習用の記事や動画をいくつか挙げていこうと思います。私と同じような学習者のささやかな道しるべになると嬉しいです。
